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51.めまい・薬物乱用頭痛の漢方治療

次の症例は47歳、女性です。
めまい(冷え性を訴え、平成21年4月14日受診されました。頭痛は、市販のセデスを1日3回飲むほどの強い頭痛です。
舌診では、歯痕舌を認め、白苔がべっとり付着し、「水毒」による症状と診断し、半夏白朮天麻湯(はんげびゃくじゅつてんまとう)を処方したところ、めまいは楽になりましたが、頭痛は少しましになった程度で、5月20日より、頭痛によく使う、川芎茶調散(せんきゅうちゃちょうさん)を処方しましたが全く無効でした。
その後様子を見ていましたが、やはり、目の奥の痛みを伴う頭痛が続き、セデスがやめられないため、9月9日より、呉茱萸湯(ごしゅゆとう;症例169、199、213、261、288、293、304、388、400、450、505参照)を処方したところ、9月19日来院され、「うそのように頭痛がひきました。セデスは一度も飲まずにすみました。」と、言われました。

症例199にも同様の症例を載せておりますのでご覧ください。

薬物乱用頭痛

薬物乱用頭痛とは、簡単に言うと頭痛を止める屯用薬を、慢性的に(毎週2~3回以上で3ヶ月以上)服用することにより起こってくる頭痛です。

薬剤誘発頭痛・薬物連用性頭痛・薬物誤用頭痛などと呼ばれることもあります。

本来頭痛を止めるはずの薬が、なぜ逆に頭痛を誘発するのか、詳しいことは分かっていませんが、鎮痛剤の連用が、

  • 痛みを感知する神経の感受性を変化させて、弱い痛みでも強い痛みとして感じてしまう。
  • 片頭痛を抑制する働きがあるセロトニンの、慢性的な枯渇状態を引き起こす

といったメカニズムが提唱されています。

また注目すべきことは、これらの屯用薬を連用すれば、誰でも薬物乱用頭痛になるわけではないということです。最近薬物乱用頭痛の大多数に、片頭痛の既往があることが分かってきました。このことから薬物乱用頭痛は、素因として感受性のある患者(主に片頭痛の体質をもっている患者)が、原因となる薬剤(屯用薬)を連用することにより引き起こされてくる頭痛という考えが有力になってきています。

薬物乱用頭痛を疑う典型的なエピソードは、「若い頃から頭痛持ちで、時々発作性の頭痛があった。当初は市販の鎮痛薬でおさまっていたが、だんだん薬が効きにくくなったので、薬の種類を変えたり、量を増やしたりしてみたが一時的な効果しかなく、今ではほとんど毎日のように服用するが、頭がすっきりすることは少ない。朝起きた時から頭痛があり、薬を飲んで一日が始まる。」といったものです。原因となる薬には、市販の鎮痛薬の他にも、医師が処方した鎮痛剤・トリプタン製剤・エルゴタミン製剤などがあります。典型的な薬物乱用頭痛は、頭部が締めつけられるような持続的で不快な頭痛がほぼ絶え間なく(1ヶ月に15日以上)続くうえに、発作性の激しい頭痛(片頭痛発作様)が、種々の頻度で入り混じるような複雑な頭痛で、ほとんどすべての鎮痛剤が効かないか、乱用中の鎮痛剤のみがごく短時間有効といった状態になります。

治療には原因薬剤からの離脱が必要になります。鎮痛薬の服用習慣が片頭痛と関連するだけでなく、原因となっている可能性が高いといえます。現時点では 薬物乱用頭痛 を予防するという観点からも、

  • 月10日以上は鎮痛薬を飲まない
  • 必要に応じ予防薬で頭痛の発症頻度を減らす
  • 肥満や高血圧、極度のストレス、過量飲酒など既知の危険因子を軽減する

などの指導を行うべきです。

半夏白朮天麻湯

本方は、平素から胃腸虚弱(=脾虚:食欲不振・消化不良など)の者が手足が冷え、持続性の頭痛(頭重感が多い。まぶたのあたりが最も顕著)・めまい・嘔吐を発する者に使用します。腹部は緊張が弱く、胃内停水音があり、舌には白い膩苔(じたい、豆腐のかすのような苔)がみられる。
肩こり・背のはり・足の冷えもみられます。
症例83も参照して下さい。

呉茱萸湯

体質でいうと裏(り)に寒飲がある状態です。裏とは消化管のことです。寒飲とは「水分が停滞し、かつ冷えている状態」を指します。例えば、夏にカキ氷を急いで食べると、こめかみあたりがキューっと痛くなることがありますが、これが一時的な寒飲の状態です。このような状態が長く続いているような感覚です。

本剤のキーワードは、激しい発作性頭痛(片頭痛あるいは頭頂部の頭痛)・吐気・手足の冷えで、両肩から項部かけて詰まる感じを伴います。

大塚敬節先生は、「発作の起こるときは、項部の筋肉が収縮するから、肩からくびにかけてひどく凝る。このくびの凝り具合が、この処方を用いる一つの目標になる。」といわれています。

普通は吐いてしまうとスッキリしますが、呉茱萸湯の場合、吐いた後ますます胸苦しくなります。

一度に服用するとすぐ吐いてしまうことがあります。なめるように、ごく少量ずつのめば納まります。納まると吐気は止まります。

 

52.慢性副鼻腔炎(蓄膿症)の漢方治療

次の症例は64歳、男性です。
狭心症で、平成17年より当院通院中の患者さんです。平成20年8月21日耳鼻咽喉科で、慢性副鼻腔炎(「鼻ポリープ」あるいは「鼻茸(はなたけ)を伴う)と診断され、手術を勧められたそうですが、拒否され、漢方治療を相談されました。舌はやや紅く少し乾燥し、腹診は特に異常ありませんでした。辛夷清肺湯(しんいせいはいとう)を処方したところ、10月10日には、鼻づまりがとれ、においがわかるようになったと喜んでいただきました。
ただ、後鼻漏(鼻水がのどの方へまわって落ちてゆく症状)は改善しませんでしたが、一番つらかったのは、鼻閉であったので、随分楽になったそうです。

慢性副鼻腔炎(蓄膿症)については症例435も参照してください。

辛夷清肺湯と慢性副鼻腔炎

慢性の副鼻腔炎で炎症の程度が強く、乾燥しているもの、いびき、あるいは化膿性のものには辛夷清肺湯を選択します。
また、蓄膿症など鼻腔内部に炎症症状が強く、鼻閉息、鼻茸(はなたけ)、肥厚性鼻炎などを目標とします。
アレルギー性鼻炎に対しても本処方が、症状に随って選択されます。


副鼻腔炎が慢性化した症状

  • 黄色~黄緑色の粘っこい鼻汁がたくさん出る。
  • 鼻をかむ回数が多い。鼻をいつもぐずぐずさせている。
  • 鼻くそがいつも多い。
  • 鼻づまり(鼻閉)で、口をあけていることが多い。
  • 顔面のうっ血。
  • 生臭い嫌な鼻の臭いや口臭が続いている。これは本人だけでなく周りの人にもそれと分かる独特の鼻臭・異臭で、特に混み合った電車の中などで蓄膿症の人の臭いはすぐ分かりますし、子供の場合には風邪をひいたあとなどで蓄膿症になると、一番身近に接しているお母さんが敏感に鼻の臭いに気づくことが多いでしょう。
  • 常に鼻声である。
  • 鼻汁がのどに廻り(後鼻漏
  • いつも痰が絡んだようになって、慢性的な咳が続く。
  • 集中力がなく、あきっぽい。疲れやすい。
  • 頭が重い、痛い(頭重感、顔面圧迫感、頭痛、前頭部痛)。
  • 首のリンパ腺が腫れやすい(頚部リンパ節の圧痛、咽頭痛)。
  • 成績が下がり気味。不眠症。ノイローゼ。

 

53.帯状疱疹(ヘルペス)の漢方治療

次の症例は76歳、男性です。陳旧性心筋梗塞・高血圧症等で当院へ通院中の患者さんです。
平成21年9月6日、「寝ながらテレビを見ていて、肩を痛めた。」と、9月8日来院されました。
診察しますと、右前胸部上部から右背部にかけ、水疱が見られ、帯状疱疹と診断いたしました。
ヘルペスウイルスの増殖をおさえる、バルトレックス錠5日分と、軟膏と、葛根加朮附湯(かっこんかじゅつぶとう)を2週間分処方しました。
9月12日来院された時には、「まだ痛みはあるが、少し楽になっている。」と言われました。
9月24日来院された時には、「ほとんど痛みはありません。」と言われましたので、もう2週間分だけ、葛根加朮附湯を処方させていただきました。

帯状疱疹について

水痘・帯状疱疹ウィルス(小児期にかかった“みずぼうそう”のウィルス)が神経の中に潜んでいます。そして体力が弱った時にウィルスが活性化され神経の中で増殖します。

初期にはかゆみ・痛みがあり、かぶれや筋肉痛に似た症状が出てきます。

そして、数日後には神経に沿って紅斑・丘疹・水疱が出てきます。

その後、徐々に痂皮(かさぶた)となり治っていきます。

後遺症として神経痛を残すこともあります(当院の漢方著効例の症例5参照)。

西洋医学的な治療法は、抗ウィルス剤の内服を早い時期から行い、皮疹にばい菌が入り込まないように、軟膏も塗布します。また神経痛に対しては、鎮痛剤・ビタミンB12の内服を継続します。

しかし、問題は、疼痛で、新村眞人先生は、「60歳以上の症例では、3週間程度で発疹そのものは、治癒したが、発疹が出現してから1ヵ月後には、軽い痛みを含めると、2人に1人の割合で痛みを訴えている。このうち、半数は3ヵ月後にも痛みを訴えている。つまり、約4分の1の患者に痛みが残る。」と、書かれています。

そのため、本例のように最初から、漢方薬を併用したほうが明らかに治りがいいし、あとに神経痛を残しません(当院では1例も後に神経痛を残していません)。

当院の漢方著効例の症例12のように、肩こりによく使う、葛根加朮附湯を、帯状疱疹に使うのはあまり教科書に書いてありませんが、私の尊敬する下田 憲先生に教えていただきました。

画像の説明

 

54.かかとのひび割れ(血虚)

次の症例は57歳、女性です。
かかとのひび割れがひどいため、皮膚科受診した所、「水虫ではない。軽石でこすりすぎたのが原因ではないか。」といわれ、軟膏を処方されたが、一向に改善しないため、当院通院中の方に紹介され、平成21年8月22日来院されました。舌は、薄く、亀裂が入り、「血虚」が疑われましたので当帰飲子(とうきいんし)と軟膏の紫雲膏(しうんこう)を処方しました。9月26日来院された時には、「治っていたが、やめるとまた再発してきた。」と言われましので、同じ処方をもう1か月分処方いたしました。

「血虚」について

「血」が量的に不足し、「体の各所に栄養を与える」という「血」の機能が衰えている状態を、「血虚」といいます。

成長に見合った血の生成ができない、アトピー性皮膚炎やリウマチなどの慢性疾患やガン、外科手術などで血が消費される状態、出血や月経で血が体の外に出る、薬剤・毒物・放射線などにより血液の生成に障害がきたされる、といった様々な原因により血虚になります。
結果として、

  • のぼせ、めまい、立ちくらみ、頭痛
  • 不眠、夢をよく見る
  • 髪が乾燥してパサつく、フケが多い
  • 疲れ目、かすみ目
  • 耳鳴り
  • 唇の色が悪い、舌の色がうすい
  • 顔色が悪い、皮膚につやが無い、肌がかさつく、化粧のりが悪い
  • 肩こり、手足の筋肉が引きつる、手足がしびれる
  • 手足が冷える、ひび割れができやすい
  • 疲れやすい
  • 腰痛、腰が冷える
  • 腹痛、便秘しやすい
  • 大便が乾燥してコロコロ便で出づらい
  • 爪に血色がない、爪がもろく割れやすい
  • 月経不順、月経量がすくない、月経の色が淡い、生理痛

などの症状が現れます。
特に女性の場合、お産のあとに血虚になりやすく、お産のあとの血虚で、産後に無理をすると、あとあと目が悪くなったり、毛が抜けたり、などがよく見られます。
血虚を改善するには、自分の持っている自然の治癒力を高めるために、無理をせずゆったり過ごすことが第一です。

当帰飲子(とうきいんし)について

老人性皮膚掻痒症の第一選択薬で、よく効きます。
栄養・滋潤(うるおす)の効果と「かゆみ止め」の効果を合わせた処方です。血虚に使う基本方剤である四物物(しもつとう)がベースになっています。

紫雲膏について

江戸時代の華岡青洲が創案した軟膏です。
蜜蝋・豚脂・胡麻油(基剤)は現在多くの軟膏に使用されている親水性基剤よりも皮膚を潤おし、皮膚に対する刺激性も少なく、さらに殺菌・排膿・保護作用もあり、豚脂を加えることにより一種の人工皮膚の役目も果たし、肉芽の再生を促進します。
このような優れた基剤のなかに当帰・紫根の主成分が抽出されている。
当帰は、鎮痛作用・血行循環の改善と肉芽再生の促進作用があり、紫根は急性の炎症を抑え、抗菌作用も持ちます。
この軟膏は乾燥性の皮膚病や外傷にとてもよく効きます。

 

55.アレルギー体質の改善

次の症例は10歳、男児です。身長140cm、体重44kg。
既往歴として、1歳半の時に肺炎に2回罹り、3歳まで小児喘息がありました。
小さいときから、月に1回は扁桃炎を繰り返したため、6歳の時に扁桃腺を摘出しましたが、その後も風邪を頻繁に引いたり、湿疹アレルギー性鼻炎(ハウスダスト・スギ等種々の花粉・イヌ・ソバなど検査しただけでも14種類のものにアレルギーあり)などのアレルギー疾患があり、一年中、くしゃみ・鼻水・鼻閉が続いているそうです。
また最近はクラミジア感染症といわれ、「クラビット」という抗生剤をずっと飲んでいます。
ちょうど”いとこ”の子の慢性胃腸炎(この子も月に1回は、嘔吐下痢症を起こし、その度に点滴をしていた)が、当院の漢方治療でよくなったのを聞き、「体質改善をしたい。」と、たつの市御津町より、平成21年8月11日来院されました。
舌は異常なく、腹診察で、右の腹直筋の緊張が見られました。
柴胡清肝湯(さいこせいかんとう;症例444参照)を処方したところ、9月4日来院された時に、「一度もかぜを引かなくなり、また鼻炎症状もでなくなった。」と喜んでいただきました。
ただし、10月6日はお母さんが来院され、「今、インフルエンザに罹って学校を休んでいます。」と言われ、薬だけ取りに来られました。やはり、一年以上漢方薬を飲み続けないとインフルエンザには罹るようですね。
⇒「新型インフルエンザ」を参考。

12月24日はお母さんが来院され、「インフルエンザに罹ってからは、一度も体調は悪くなりませんでした。こんなことは生まれてから初めてです。」と、喜んでいただきました。

柴胡清肝湯について

柴胡清肝湯は、簡単に言えば、”アレルギー体質改善薬”です。
いわゆる漢方の、「免疫系に働きかける、最強の消炎剤」です。
解毒証体質の小児期に用いる処方です(症例27、慢性鼻炎を参照ください)。
小児の慢性扁桃炎・咽頭炎・アデノイド・アレルギー性鼻炎・蓄膿症・滲出性中耳炎・アトピー性皮膚炎などに使えます。あまり証は関係なく使います。
第二次性徴発現前の小児に使い、女児で乳房がおおきくなってきたり、男児でひげがはえだすと、荊芥連翹湯(けいがいれんぎょうとう;症例27参照)に切り替えます(下田 憲先生)。

 

56.むちうち・耳鳴り

次の症例は63歳、女性です。
平成20年12月に、車に乗っているとき、後ろから追突され、むちうちになり、整形外科でよくならず、また接骨院に通うも、同様に改善せず、「気にしないように」と言われてしまった。頸部痛(特に夜間に痛みが増強)が、主症状です。
また、平成21年4月16日朝、起床時より突然右耳が聞こえず、耳鼻科へ入院となった。「突発性難聴」と診断され、「ステロイド」の点滴を行い、聴力はアップしてきたが、いろんな金属音のする耳鳴りは続き、耳鼻科医から、「耳鳴りは治らないだろう。」と、言われたそうです。
以上の、2点改善目的で、平成21年5月28日来院されました。
舌診では、軽い歯痕舌を認め、舌の裏側の静脈が膨れ、軽い、「水毒」と、瘀血(おけつ)体質と診断いたしました。
腹診では下腹部が軟弱無力で、圧迫すると腹壁は容易に陥没し、押さえる指が腹壁に入るような状態(小腹不仁(しょうふくふじん))を認め、腎虚もあるとと考えられました。

耳鳴りには、牛車腎気丸(ごしゃじんきがん)と、むちうちには、下田先生に教えていただいた、柴胡桂枝乾姜湯(さいこけいしかんきょうとう;症例82参照)を処方いたしました。
1ヵ月後の、6月26日には、「夜間の頸部痛がましになってきた。」とのことでしたので、同じ処方をもう1ヶ月続けました。しかし、2ヵ月後の7月31日にもあまり変化はありませんでしたので、柴胡桂枝乾姜湯に変えて、瘀血(おけつ)体質に使う桂枝茯苓丸加薏苡仁(けいしぶくりょうがんかよくいにん;症例67参照)を使いました。さらに1ヵ月後の、8月31日には、「最近受けた接骨院の治療により、頸部痛がひどくなってしまった。」と言われましたので、葛根加朮附湯(かっこんかじゅつぶとう)を追加したところ、1ヵ月後の、9月30日には,「頸部痛はほとんどよくなりました。」と、喜んでいただきました。しかし、耳鳴りの症状はは今のところ不変で、さらに治療を続けていく予定です。

鞭打ち損傷とは・・・(鞭打ち症、頚椎捻挫、頚部挫傷など)

自動車の衝突事故、特に停車中の車輌に後部から追突された事故などで、頚部周辺の軟部組織に損傷を受けることによって生じた様々な病態のことを「鞭(むち)打ち症」または「鞭打ち損傷」と言います。

主に追突事故により発症しますが、側面衝突や正面衝突などでも起こり得ます。

「鞭(むち)打ち症」または「鞭打ち損傷」という名前は一般に広く使われている傷病名ですが、診断書などでは「頸椎捻挫(けいついねんざ)」や「頸部捻挫(けいぶねんざ)」「頸部挫傷(けいぶざしょう)」「外傷性頸部症候群(がいしょうせいけいぶしょうこうぐん)」など様々な傷病名が使われています。

首の骨の周りには、脳と身体をつなぐ神経や血管がびっしりと通っていますので、医学的に説明が可能な「頸部痛」のほかにも、鞭打ち損傷の症状には、吐き気、頭痛、疼痛、しびれ、めまい、耳鳴り、眼精疲労、かすみ、倦怠感など様々な症状があります。

鞭打ち症の分類

鞭打ち症は多くの症状があり、一般的には、数週間から3ヶ月程度で治癒するといわれていますが、半年を過ぎても痛みがおさまらずに苦しんでいる人も大勢います。その症状を分類すると次の3つの型に分類できると言われています。

  • 頸椎捻挫型
    関節包や椎骨の周囲にある靱帯(じんたい)などが損傷されることによる症状で、頭痛、頸部痛、頸部運動制限など。
  • 神経根症型
    神経根の部分に障害が起きることにより生ずる症状で、頸(くび)から肩・腕にかけての放散痛、知覚障害、しびれ、脱力など。
  • バレ・リュウ症型
    後部交感神経症候群ともいい、血行をつかさどる交感神経が損傷したり、椎間板や筋肉による圧迫を受けて、頚椎に沿って走っている椎骨動脈の血流が低下し、症状が現れると考えられています。
    後頭部や首の後ろの痛みに加え、めまい、耳鳴り、難聴、目のかすみ、眼精疲労などが起こることもあり、生活に何らかの悪影響を与える症状とされています。

症状にもよりますが、事故のあと治療しても何ヶ月も痛みがおさまらず、症状が一進一退で改善が見込めない場合は、医師と相談の上症状固定の診断をすることになります。

 

57.手やあごのふるえ、胃の不調、全身倦怠感、不安感

次の症例は68歳、女性です。
手やあごのふるえで、、近くの脳神経外科で、テルネリン・リボトリールという薬の投与を受けていたが、あまりよくならなかったそうです。
胃の不調(吐き気・嘔吐・胃痛・食欲不振)、全身倦怠感があるため、平成20年8月1日来院されました。
身長159cm、体重が41kgとかなり”やせ”が目立ちました。また、とても不安感を強く訴えられました。
胃内視鏡検査をしましたが、特に異常は認めませんでした。
舌診では、白苔が付着し、腹診では、みぞおちが冷たく、少し硬くなっていました(=心下痞硬(しんかひこう)という)。また、臍の上で動悸を触れ、下腹部が軟弱無力で、圧迫すると腹壁は容易に陥没し、押さえる指が腹壁に入るような状態、小腹不仁(しょうふくふじん))も認めました。
人参湯(にんじんとう;症例8参照)に、平胃散(へいいさん)を併用して、治療を始めました。
2ヵ月後の9月24日来院された時には、舌の白苔がとれ、胃の症状はほぼ消失しておりました。
そこで、次に手やあごののふるるえに対して、桂枝加竜骨牡蠣湯(けいしかりゅうこつぼれいとう;症例224、286、431参照)を追加投与したところ、10月20日来院された時には手のふるえがましになり、11月19日来院された時には,「あごのふるえもよくなり、食欲もあり、元気が出てきました。」と、喜んでいただきました。
約一年後の平成21年10月28日の状況は、体重が50kgと、9kg増え、手やあごのふるえも全く認めず、また表情も別人のように明るくなり、大変調子がよい状態です。

桂枝加竜骨牡蠣湯について

桂枝加竜骨牡蠣湯は、不安神経症に、柴胡加竜骨牡蠣湯とともによく使います。
症状別では、不安感をベースにして、動悸・不眠などがあれば桂枝加竜骨牡蠣湯を、不安感をベースにして、抑うつ症状があれば、柴胡加竜骨牡蠣湯を使います。
桂枝加竜骨牡蠣湯は、基本処方である桂枝湯に、竜骨(りゅうこつ・ほ乳類のマンモスなど大動物が地中に埋まってできた骨の化石)と牡蠣(ぼれい・貝類カキ科の貝殻を粉末にしたもの)を加えた漢方薬です。
日本で用いられる漢方薬は植物性の生薬が使用されることが多いのですが、この処方には2つの動物性生薬が使われており、その点では特徴的な漢方薬といえます。
竜骨と牡蠣は動物性の生薬でミネラルを豊富に含んでいます。そのため、2つとも心身の興奮を鎮める鎮静的な役目があります。
また、この2つの動物性生薬が加わることで、へそより上方、または下方の動悸(腹部大動脈の拍動)、胸騒ぎ、失精(精液が漏れること)なども改善する働きが強まります。
桂枝加竜骨牡蠣湯はこのような特色を生かして、ストレスなどのために精神が衰えた患者さん、逆に高ぶった患者さん、異常に興奮した患者さんなどを改善します。
病名でいえば、自律神経失調症、ノイローゼ、神経質、人格異常状態、精神不安状態などに用いられます。

桂枝加竜骨牡蠣湯は、次のような”ぱっと見”の印象の方によく効くといわれています。

  • 小柄な婦人
  • やせている
  • 目がひっこんでいる
  • 神経質そう(このの方はみけんに縦の二本じわがありとても神経質そうなイメージです。)
  • 多愁訴

本症例はまさに、これにぴったりで、実は、この外見だけで桂枝加竜骨牡蠣湯を投与させていただいた次第です。

 

58.意欲がない・歩行時のふらつき・体重減少(腎虚)

次の症例は90歳、男性です。
高血圧症で開業当初より通院されています。
平成21年1月13日ころより通院されなくなり、6月12日に久しぶりに来院されたときに話を聞くと、うつ状態で、何をするのにも意欲がなく、物忘れも多く、食事量も減り、体重が10kg減少したそうです。
採血等の検査をしましたが特に異常は認めませんでした。
しばらく様子をみていましたが、いっこうに改善せず、歩行時にもふらつき、下半身も弱っているようなので、10月9日より、八味地黄丸(はちみじおうがん;症例216参照)を2週間分処方しました。
この方の舌は、舌が縮んで亀裂(=裂紋)がみられました。これは、もともとそういう人もいますが、潤い不足になっているときによくみられます。腹診では下腹部が軟弱無力で、圧迫すると腹壁は容易に陥没し、押さえる指が腹壁に入るような状態(小腹不仁(しょうふくふじん))を認め、腎虚と考えられました。
10月23日来院された時には、「漢方がおいしく、体も調子がよい。こんなによくなるなら、もっと早くから飲んでいればよかった。」と、言われました。表情も明るく、動作も機敏になっていました。
腎虚の薬はゆっくり効くことが多いので、あまりの即効性にびっくりした次第です。
なお、後日談ですが、12月4日来院された時に、「今まで5日に1回しか排便がなかったが、今は毎日あるんです。漢方は便秘にもいいんですね。」と、おっしゃいました。

腎虚とは次の症状を指します。

腎虚とは、東洋医学でいう生命の源であり、健康を司る「腎」の働きが弱まり、体全体の機能が低下することをいいます。

[腎虚の症状]

  • 足腰の衰え、病気が治りにくい
  • 食欲・気力減退、疲れ、脱力感、不眠、不安感、無気力
  • 睡眠・排尿障害、物忘れ
  • 頻尿・喉の渇き
  • 息切れ、耳鳴り、難聴、めまい、目のかすみ
  • ストレス、イライラ、冷え、むくみ
  • 肩こり、背筋痛・腰痛・関節痛
  • 免疫力低下、よく風邪を引く、寝汗、白髪、脱毛、歯のぐらつき、手の平足の裏のほてり・・・など

 

59.毎日ティッシュ一箱を要する通年性鼻アレルギー

次の症例は17歳、男性です。
幼稚園の頃より、通年性鼻アレルギー があり、抗アレルギー薬とステロイドの点鼻薬の処方を受けるも、薬で眠気が来たり、点鼻薬はめんどうだったりで続かず、一年中くしゃみ、水性鼻汁、鼻閉に悩まされており、漢方治療を求めて平成21年10月31日上郡町より来院されました。
アレルギーの血液検査では、ハウスダスト、スギに陽性です。
また、元々胃腸が弱く、食欲もあまりないそうです。
舌診では、少し裂紋を認め、腹診では腹直筋緊張を認めました。また、お腹を触るとくすぐったがりました。身長165cm、体重53kg。
小児の虚弱体質に用いる、小建中湯(しょうけんちゅうとう)と、解毒証体質の青年期に用いる荊芥連翹湯(けいがいれんぎょうとう)(症例6・27参照)を、1か月分処方したところ、11月21日来院し、「くしゃみがたまにでるくらいで、大変調子いいです。」と、喜ばれました。
よく聞くと、毎朝学校へ行くのにティッシュ一箱を持っていっていたそうです。
私は、「荷物が一つ減りましたね。」半分冗談めかして言わせていただきました。
それだけでなく、胃腸も調子よくなり、食欲もアップしたそうです。
漢方を飲むことにより、本当にその人の人の生活の質;クオリティ・オブ・ライフ(QOL)が増すのを実感できた症例でした。

60.朝方の頭痛

次の症例は55歳、女性です。
朝方の頭痛、不眠、肩こりを訴え、平成17年5月25日当院へ来院されました。子供さんの結婚式があって忙しかったそうです。
舌診では、舌の裏側の静脈が膨れ、瘀血(おけつ)体質と診断いたしました。
また、臍の上で動悸と、お臍の右下方に瘀血のしこりを触れました。血圧は、160/92と、高血圧を認めました。
釣藤散(ちょうとうさん;症例132、274、324参照)を2週間分処方したところ、6月2日に再診で来られたときには、「頭痛は消失し、よく寝れるようになった。」と、言われ、もう一か月分を処方し治療を終えました。
なお、この方は結局、平成20年12月27日より、降圧剤を飲まれており、現在に至っております。

釣藤散と頭痛

釣藤散の基本的な作用は、体の上に突き上げる「気」 (=気逆)を下に引き下げることです。気が全身をくまなく巡っていると、健康は保たれますが、気が上衝すると、のぼせ・興奮・不眠・めまい・耳鳴り・頭痛・赤ら顔・肩こりなどが起こります。釣藤散は、そのように上衝した気を下に下げて、精神を安定させて、さまざまな症状を改善します。

中年以降の神経質で、のぼせ症の人が、高血圧の傾向や動脈硬化のために後頚部から頭頂にかけておこす頭痛によく使います。
耳鳴り、めまい、肩こり等の神経症状をともなうことが多くみられます。
頭痛は、あまり激しいものではなく、頭重に近いことが多く、朝方(朝方以外の頭痛でも可)におこり、おきて動いていると いつの間にか忘れてしまうというようなことも多いです。呉茱萸湯の効く頭痛(症例51参照)と違い、悪心・嘔吐は伴わないのが特徴です。

本方は、本来うつ傾向の者が、気力を使ってがんばっている状態に適応します。
うつの人が一生懸命頑張ろうとするから、朝の立ち上がりが悪くなるし、朝方頭痛(=うつの頭痛)がするのです。
「うつに伴う朝の頭痛や気持ちの重さ」、「午前中体の動きが悪い」、そういうものを改善する薬と考えられています。

症例132、274も参照してください。

 

61.しゃっくりの漢方治療

次の症例は68歳、男性です。
3日前からしゃっくりが止まらないと、平成18年6月19日当院へ来院されました。診察中もずっとしゃっくりがでていました。
腹診では、みぞおちが硬くなっていました(=心下痞硬(しんかひこう)という)。
半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)甘麦大棗湯(かんばくたいそうとう)を3日分処方したところ、1回飲んだだけでおさまりました。
念のため、血液検査と胃カメラもしましたが、特に異常はありませんでした。

しゃっくりは、症例168も参照してください。

しゃっくり

しゃっくりは横隔膜の痙攣によって、吸気運動が速くなり、同時に声門が閉じるために起こると考えられています。一般的には急いで食べ物を摂取したとき、胃内の膨満などの単純なものや特に原因が不明なものが多いですが、肝硬変末期、脳血管疾患、尿毒症、さらには『癌』、多くは胃癌、肝臓癌の末期にも見られます。
漢方では、しゃっくりを「吃逆」(きつぎゃく)、「噦」(えつ)ともいい、その原因は胃の冷えや水毒や、胃気が上逆したために発生すると考えています。胃は本来食べ物を納め、消化したあと、腸に下ろすように働きますので、胃の気は下降しているのが正常なのですが、胃の気が反対に上逆すると、嘔吐やしゃっくりなどの症状が出るのです。

民間薬としては昔から柿のへた(生薬名:柿蒂)を煎じて飲む方法が知られていますが、エキス剤では、「呉茱萸湯(ごしゅゆとう)」、「芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)」、「半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)」、「半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)」、「四逆散(しぎゃくさん)」などを用います。
特に半夏瀉心湯に、甘草という生薬を混ぜた、甘草瀉心湯をよく使いますが、エキス剤にはないため、よく甘麦大棗湯を併用し、代用いたします。

 

62.ぎっくり腰の漢方治療

次の症例も、症例61の方です。
畑仕事をしていて、ぎっくり腰になったと、平成20年3月13日当院へ来院されました。芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)に、温めるブシ末を合わせて開始したところ、3月18日には、完治しました。
漢方の効く人はこのように何を飲んでもよく効きますね。

ぎっくり腰について

一般的にぎっくり腰は、重い荷物を持ったときや不自然な姿勢が続いたときに起こる急性腰痛症ですが、繰り返す方は、運動不足や座ったままの仕事、そして、年齢に伴う筋力の低下などが原因と思われます。

ひどい場合は、寝転んでも寝返りが出来ない、起き上がれないほど辛く、経験した方でないと分からないものです。高齢者やその他の疾患でも、寝返りが出来ない方は多く、立って歩けることがどんなに幸せなことかが分かります。

安静にしていれば人体が持つ自然治癒力により3週間程度~3ヶ月以内に自然に治ることがほとんどですが、本症例のように、背筋の緊張をとる芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)を使い、局所を安静にし、かつ腰湯などで強くあたためることで改善が早くなります

予防法として、荷物などを持つ時には、足場の悪いところで無理な姿勢で持つなどしないように心がけることや、極端に重いものはなるべく持たずに済むように、物の収納の方法などを普段から工夫しておくことも有効です。また、睡眠不足でなおかつ過労ぎみの時なども起きやすいので、そのような労働環境に陥らないように防衛策を打つか、労働環境を自分から変える(配置転換の要望、転職など)もひとつの方法です。

でも根本治療はやはり運動をして、背筋を鍛えることですね。

 

63.吐き気・胃が重い・軟便・手足が冷える

次の症例は23歳、男性です。
約1ヵ月前より、吐き気・胃が重い・軟便・手足が冷えると訴え、平成18年9月15日当院へ来院されました。
舌は特に異常を認めませんでしたが、腹診で、みぞおちが硬くなっており(心下痞硬という)、胸脇苦満(=胸から脇(季肋下)にかけて充満した状態があり、押さえると抵抗と圧痛を訴える状態)と腹直筋攣急もあり、腹に2本の棒を立てたように触れました。
四逆散(しぎゃくさん)を1週間分処方したところ、9月20日家族が来院し、「四逆散を飲んでいると大変調子がいいので続けさせて下さい。」と言われたので、もう1ヵ月分だして治療を終了しました。
しかし、平成19年2月23日、「また前と同じ症状になった。」と、当院へ来院されました。今度は胃カメラをしてみましたが、全くきれいな胃でしたので、また四逆散を1ヵ月分だしたところ、やはり、すぐに胃は調子よくなったそうです。

下田 憲先生の四逆散コメント

四肢に冷たい汗をかく状態といったら二つしかないのです。西洋医学的に言って一つははなはだしい精神緊張か、もう一つはショック状態のどちらかしかないのです。
どうも黄芩が入らないで柴胡だけを使った処方というのは、大柴胡湯や小柴胡湯の様に、柴芩組を使っている処方とは違うことが分かってくるのです。
柴胡だけを使った処方を思い浮かべると、抑肝散、加味帰脾湯、加味逍遙散等があります。これらは皆症状に精神緊張があります。ということは、柴芩組を使っている大柴胡湯、小柴胡湯は本質的には消炎剤ですが、黄芩が入らないで柴胡だけが入っているものは、本質を見るとトランキライザーです。
抑肝散もそうなのですが、四逆の人と言うのは実は診察すればよく分かるのです。四逆の意味は四肢逆冷です。四肢逆冷と言うのは診察すればすぐ分かります。四肢先端が冷えています。逆に暖かいところがあります。おなかが暖かいのです お腹が暖かいということは体が暖かいと言うことです。一生懸命頑張っていますからいわゆる実証的で、体に熱があります。体が熱いのですが、それにもかかわらず手足が冷えるのです。これはかなりストレス状態です。ストレスで緊張している状態です。

名前の似た薬で四逆湯というのがあります。四逆散と前後して書かれているので、どうも混乱してしまっているのです。多分名前が似ているので編集の中で一緒に組み込まれたのではないかと思います。四逆湯はこの四逆散の四逆ではないのですね。指摘している人は何人かいます。これは四逆湯ではなく、本来回逆湯だったのです。回逆湯と言うのは全体が本当に冷たいところに行って、落ち込んでいこうとしているのを、逆にめぐらして命を蘇らせる湯なのです。当然、四逆湯を使うときはショック状態の時、あるいはショックに近い時です。だから四逆湯を整理しているところは他の処方も全部そういう証なのです。だから名前が似ているのと、四肢逆冷という症状が似ているので、何故か四逆散が紛れ込まされているのです。それで四逆散が誤解されているのです。四逆散の系統は四逆散と抑肝散、抑肝散加陳皮半夏です

それ以外の四逆とつくのはほとんど四逆湯系です。エキス剤で出て来るのは当帰四逆加呉茱萸生姜湯ですね。あるいは簡単にエキス剤の組み合わせで作れる茯苓四逆湯等はみな四逆湯の系統です。そして四逆散は決して大柴胡湯や小柴胡湯の変方ではありません。独立した非常に良い薬です。柴胡剤としての消炎作用はあまり強くはありません。あくまでも、そういう精神の緊張を解くのです。それもさっぱりとした状態の緊張を解く薬です。いわゆる若い人に使います。

これは柴胡桂枝湯の方がよい場合もあるのですが、突然腹痛を起こしたりする思春期の子供に使います。他に四逆散に芍薬甘草湯を加えて、先程言ったようにこむら返り等に使います。先程言った若い子で緊張すると調子が悪くなるという場合、四逆散をずっと飲ませることもありますが、頓服でも出せることもかなりあります。
腹直筋の緊張があって、やはりお腹があたたかいのです。それから手足が冷えています。四逆散の状態というのは反応が強いのです。非常に手に汗が出ています。

冷えているだけでなくて、もう明らかに水を感じるくらい汗ばんでいます。手に汗をかいているというのをどうして診るかと言うと、もちろん触ってみます。触ってみますけれども、手の平で患者さんの指先を触ったらダメなのです。術者の手の気や自分の汗が関係しますので、必ず手の甲で触ります。手の甲で触って水気を感じるなら間違いなく四逆があると判断します。四逆散の場合は患者さんの手掌に術者の手の甲を当てるようにして触っても良いのですが、四逆散の変方である抑肝散の場合は非常に発汗が少ないので、患者さんの指先に手の甲を当てて触るのです。本当に指先だけが汗ばんで冷えている、そのくらいのレベルなので丁寧に触らないと分からないのです。

藤田謙造先生の四逆散コメント

その症状は肩背が強ばったり、腰が痛んだり、脇腹が痛んだり、頭が痛んだり、食が進まなかったり、大便は秘結したり、下痢したり、小便の出が悪ったりする
又、気持ちに張りが無く、気分が欝滞して動作が物憂く、万事を苦労にし。或いは物事を憂慮して止まず、ややもすれば悲愁し、夜は夢をみて気持ちよく眠らず。あるいは物毎に好悪があり。また心中がむしゃくしゃして安定しない。なお体がだるかったり、筋肉がつれたりする。またいつも季肋部のあたりに重滞感があり、この部の痛むこともある。
それにいろいろと工夫をこらしたり考え事をすると、その度に必ず季肋のあたりが、縮じまりふさがるように覚え。或いは1、2町も歩くと季肋下から脇下にかけて、激しい時は呼吸にもさわるから、この部を手でジッと押さえている。以上挙げたような症状の他にもなお種々の徴候があって、全部を挙げることは難しいが、これらの中の2、3の症状があって、前に述べた腹候(=①胸脇苦満、心下痞硬の程度が軽く、腹直筋は硬く緊張して、臍傍にまで及んでいる。②季肋下に緊張、抵抗があって、腹直筋を季肋下から臍傍にかけて、硬く触れる)があれば、四逆散のよく治するところである。」

山本巌先生の四逆散コメント

「四逆」とは「四肢厥逆」のことで、四肢の末梢の方から中枢に向けて冷えることをいう。本当の「四逆」には四逆湯(寒厥)を使います。
感情がたかぶると冷える。精神性発汗や血管運動神経の作用により四肢が冷えます。(=緊張の強い人)
精神的なものが原因で手足が冷えるとか、腹が痛いとかいうときに多く使います
本方をしばらく続けていると、興奮が起こらなくなります。発汗だけでなく、腹痛、頻回の排便、残便感、排尿困難なども同じ様に取れます。だから逆に精神的緊張や苦悩もよくなります。
そういう性格の人は普段から手掌や足のうらに汗をかきやすいし、我々だったら大して興奮するようなことでもないのに発汗が多いのです。

中田 敬吾先生の四逆散コメント

1.性格的に内向的・消極的・神経質でストレスを受けやすい。
2.憂鬱で不安感が強い。特に自分の病気に対する不安感が強い。
3.〔腹証〕胸脇苦満・腹直筋緊張・心下痞硬
(これらを認めなくても有効例あり)
4.〔望診〕女性は眉間にしわを寄せ、男性では前胸部中央に少量の胸毛を認めることあり(下図参照)。

前胸部中央は、心の反応する場所で、ここに毛がはえることは、常に心へのストレスがかかっている現われと考えてよい。

実は、本症例がまさにこれで、この前胸部中央の少量の胸毛をみて四逆散を処方した次第です。

 

64.のどのつまり、冷え症の漢方治療

次の症例は60歳、女性です。
以前より、高血圧症で総合病院内科に通院されていました。
平成21年5月頃より喉から胸部の違和感あり、胃内視鏡検査を受けたところ、軽度の逆流性食道炎を認めたのみでした。
逆流性食道炎の治療薬であるPPI製剤を一ヶ月ほど続けましたが、あまり改善しないため、漢方治療目的で、平成21年7月24日当院へ紹介され、来院されました。
冷え症もひどく体温はいつも35℃代だそうです。身長153cm、体重51kg。
この方の舌を見ると、紫がかり、舌の裏側の静脈が膨れ、腹診では下腹部に圧痛としこりをふれ、瘀血(おけつ)体質と診断いたしました。
下肢に浮腫なし。どちらかというと乾燥する方だそうです。手のひらのほてり感があります。
半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう症例102、373参照)と、温経湯(うんけいとう)(症例10、248参照)を2週間分処方しました。
8月7日来院された時にはのどは少しましになっており、9月4日来院された時にはのどのつまりはほぼ消失し、11月11日来院された時には、「冷えもあまり感じなくなった。」と、話され、平成22年2月4日に来られた時には、「最近、体温が36℃を超えるようになりました。」と、言われました。

咽喉頭異常感症について

「あぶった肉」がのどに詰まってしまったような感じに似ているため、咽中炙臠(いんちゅうしゃれん)とか、吐こうとしても飲み込もうとしてもとれず、梅の種があるような感じに似ているところから、梅核気(ばいかくき)ともいいます。
いくら呑み込んでも、「そこに何かがあり不安」という不快感を示します。
噴門・食道下部の痙攣性収縮と考えられ、半夏厚朴湯を使います(証を問わずに効果が期待できる)。
症状が強い場合、四逆散・大柴胡湯などの疏肝解鬱の方剤を合方する必要があります。
半夏厚朴湯は、「嚥下反射改善」にも証を問わずに効果が期待できます。

気滞・気うつの症状について

気滞・気鬱は、体のエネルギーである“気”がうまく循環せず停滞しているために、精神的に不安定で抑うつされている状態を言います。停滞した部位により種々の症状を呈します。

1.頭部;不安感、抑うつ気分、不眠、頭重感
2.のど;閉塞感、絞扼感、咽中炙臠
3.胸部;胸苦しい、息苦しい、息を吸いにくい、酸素が足りない
4.季肋部;食欲がない、みぞおちに何かつっかえる感じ
5.腹部;膨満感、ガスがたまった感じ
6.四肢;腫脹感を伴うしびれ

いずれの部位の気鬱においても必ず抑うつ傾向を伴い、訴えが執拗であり、症状は時間的に消長し、愁訴の部位が移り変わるのが特徴です。

気滞(きたい)に関しては、 症例102、103参照

 

65.のどのつまりの漢方治療

次の症例も咽喉頭異常感症の症例です。
症例は76歳男性。
平成18年2月頃より喉の痞える症状が出現。3月に耳鼻科受診し、食道のバリウム検査等を受けましたが、「異常なし。」といわれ、去痰剤のムコダインの処方を受けたが症状の改善得られないため、4月27日当院へ来院されました。
半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)を1ヶ月分投与しましたが無効のため、5月25日、胃内視鏡検査を施行しました。
結果は、食道・胃接合部の進行胃癌で、狭窄のため、胃カメラが通過できませんでした。
漢方が無効の時には、”西洋医学的な病気が隠れているのではないか”と精査する必要性をあらためて感じさせられた症例でした。
画像の説明

66.神経性胃炎と思われる症例

次の症例は37歳、女性です。
若い時から、ストレスがかかると食後によく胃がきりきりと痛くなり、その都度、市販のパンシロンを買って飲んでいたそうです。
今回も胃痛を訴え、平成21年9月7日当院へ来院されました。
腹部触診により、胸脇苦満(きょうきょうくまん)を認めました(症例39参照)。また腹直筋も張っていましたので、柴胡桂枝湯(さいこけいしとう;症例39参照)を5日分処方し、9月11日胃内視鏡検査を施行しましたが、全く異常は認めませんでした。もう2週間分、柴胡桂枝湯を処方したところ、大変よく効いたと喜ばれました。

柴胡桂枝湯については、症例39、155にくわしく書いていますので御覧下さい。

67.にきび(瘀血による)の漢方治療

次の症例は25歳、女性です。
にきび(特にあごのラインに多い)の漢方治療を求め、平成21年7月21日当院へ来院されました(にきびは小学校6年生の頃からできだしたそうです)。にきびができると痕がなかなか治りにくく、色は赤っぽいにきびです。あまり化膿はしないそうです。
他の症状として、便秘・腰痛・口が渇く・手足のほてりなどの症状もあります。身長160cm、体重55kg。
この方の舌を見ると、紫がかり、舌の裏側の静脈が膨れ、枝分かれしており、瘀血(おけつ)体質と診断いたしました。
そこで瘀血(おけつ)体質によく使う、桂枝茯苓丸加薏苡仁(けいしぶくりょうがんかよくいにん)を一か月分処方いたしました。
8月22日来院された時には、「新たなにきびの出現はなく、便秘もなくなった。」といわれました。
9月26日来院された時には、「にきびが随分減り、手足のほてり、口の渇き、腰痛もなくなった。」と大変喜んでいただきました。

なお、にきびについては、症例6、163、182、306、320、336、337、392もご参照ください。

瘀血の自覚的症候については、症例は35を参照下さい。

桂枝茯苓丸加薏苡仁について

桂枝茯苓丸は、血流を改善し、ホルモンバランスを整え、肩こり、頭痛、生理痛、生理不順、冷えのぼせに効きます。
生理前にできる肌荒れなどは、ホルモンにも関係します。
お肌にも多くの血管があり、血液の流れの悪さはお肌にも影響します。
薏苡仁はハトムギなので、体内の悪い水分をはき出すことで、ニキビを治していきます。水分代謝不良+血液循環不良のニキビになります。

ですので、ニキビといっても、膿があって痛みが強い(熱感が強い)場合にはちょっと不向きかもしれません。そういう場合は、清熱解毒作用、補血作用、膿などを取り除く生薬を組み合わせた荊芥連翹湯(けいがいれんぎょうとう)の適応になります(症例6参照)。

薏苡仁(ハトムギ)を加えることにより、体の水分代謝の改善をするだけでなく、特にお肌のトラブル(しみ・にきび・そばかす・目の下のくま・荒れ・くすみ)に重点を置いた処方となります。
血流改善と水分代謝の両方に気をつかった、女性にはありがたい処方です。

薏苡仁粥は脾胃を強くする(鈴木康仁先生)

薏苡仁(はとむぎ)は食品であると共に、薬品でもあり、薬膳の世界で重宝されています。中国では「天下第一米」などとも呼ばれています。
性味は甘・淡・微寒で、「脾」、「胃」、「肺」に働き、利水渗湿、健脾、消痈排膿の効能があります。
健脾利水滲湿作用は浮腫や小便不利に、消痈排膿作用は肺化膿症、腸の化膿性疾患に使用されます。
薏苡仁は微寒ですが脾胃を傷害しません。

他の米類に比較して蛋白質の含量が多いのも特徴です。100gの薏苡仁には16.2gの蛋白質が含まれます。ビタミンB1、ビタミンB2、ビタミンEのほかに多種の微量元素も含まれています。薏苡仁素と言われる物質には解熱鎮痛作用があり、動物実験で鎮静作用があることが確認されました。降圧作用も確認されています。薏苡仁附子散(よくいにんぶしさん)と芍薬甘草湯の合方で坐骨神経痛や肩関節周囲炎に良好な効果が認められます。

中医臨床では、肺癌 胃腸癌 肝臓癌などに使用されています。薏苡仁多糖類は免疫抑制マウスにおいて細胞性免疫機能を維持、あるいは賦活することが確認されています。また、子宮癌の抑制作用もあると報告されています。中国では注射製剤もあります。

使用上の留意点は陰虚羸瘦の患者さんの場合は陰液消耗による虚火を助長させる恐れがあることです。また薏苡仁には、古くから美肌効果があることが証明されています。薏苡仁は女性にとって頼りになる食品といえるでしょう。

熱で炒めた薏苡仁と生薏苡仁がありますが、好みに応じて食されたらいいと思います。熱で炒めた薏苡仁は利尿作用がやや弱くなるものの、健脾作用に優れ、一般には茶として服用します。

粥を作る場合は生薏苡仁を使用します。薏苡仁60グラムを米と混ぜて煮て粥をつくり、毎日1回位は食べることにより、イボを治療することができまが、イボとりには、薏苡仁を多めに煎じることが必要です。

 

68.歩行困難(脊柱管狭窄症)

次の症例は75歳、女性です。
当院へは、高コレステロール血症で通院されています。
整形外科で、脊柱管狭窄症と診断され、プロレナールという薬を処方されていましたが、いっこうによくならないため、平成20年4月2日より、当院で、漢方治療を開始しました。症状は、痛みというよりは、歩行しているとだんだん右足が重くなり、つっぱって歩けなくなってくるというものです。また、肩が夜になると”うずく”という症状もありました。
この方の舌を見ると、紫がかり、舌の裏側の静脈が膨れ、瘀血(おけつ)体質と診断いたしました。そこで、瘀血体質の神経痛に使う、疎経活血湯(そけいかっけつとう;症例1参照)に、体を温め、痛みをとるブシ末を合わせて処方しました。
4月18日に来院された時には、まず肩のうずきがましになったといわれましたが、足の方は不変でしたので、十全大補湯(じゅうぜんたいほとう;症例69参照)を追加したところ、5月26日に来院された時には、肩は治癒し、足の方はゆっくりだと休まずに歩けるようになり、6月10日に来院された時には、歩くのに不自由がなくなったといわれ、大変喜んでいただきました。

脊柱管狭窄症については症例162、233、281も参照下さい。

独活寄生湯(どっかつきせいとう)について

独活寄生湯という処方は,中国唐時代の名医、孫思邈(581~682年)の著書『備急千金要方』から出典したものです。本方剤の適応症は主に痺証であり,とりわけ足腰など関節または筋肉の運動障害ならびに疼痛・冷え・痺れのような知覚障害に用いられます。

痺証といえば,中医学では昔から,自然界における侵害因子である風邪・寒邪・湿邪が生体の虚弱に乗じて体内に侵入し,関節または筋肉などに作用して引き起こした病態を指します。骨関節およびそれとつながっている筋膜・筋腱・筋肉などの軟組織は,中医学から見れば,主に五臓の腎と肝の機能と密接に関わっています

腎は骨を主り,腰は腎の府である。肝は筋を主り,膝は筋の府である。このため,蔵血の肝(=肝は血を貯蔵する)と蔵精の腎(=腎は精を貯蔵する)に虚弱が出れば,すなわち肝腎の精血不足となれば,骨関節および筋膜・筋腱・筋肉など軟組織への栄養供給が足りなくなり,これらの組織は機能の低下が現れるだけではなく,風・寒・湿など外邪の侵襲に対する抵抗力も弱くなるわけです。

したがって,痺証の発生は肝腎の精血不足ならびに風寒湿など外邪の侵襲という両方の素因と往々にして関わっています
独活寄生湯はまさにこういう痺証の病因病理に基づき作られた方剤なのです。
なお、エキス剤にはありませんので、本症例のように疎経活血湯に十全大補湯を足して代用いたします。

 

69.肺癌

次の症例は63歳、女性です。
平成21年5月の検診で、右の肺癌(Ⅲ期B)を指摘され、明石の県立ガンセンターで精密検査の結果、手術よりは抗癌剤での治療を勧められた。当院へは、抗癌剤の副作用軽減、体力アップなどの目的で、平成21年8月20日知人に紹介され、来院されました。身長150cm、体重39.9kg。
この方の舌を見ると、やせた舌で、苔は認めず、血虚と考えられ、十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)を一か月分処方いたしました。
しかし、手術はできないかと、今度は姫路医療センター胸部外科を受診した所、手術可能と診断され、9月下旬に手術を行なった。特に問題もなくすぐに退院され、10月5日来院されました。十全大補湯を飲んでいると、とにかく調子がよく、手術後抗癌剤の治療を何度か受けましたが、食欲も落ちず、副作用もおこらず、体重も一時37kgまで落ちましたが、12月25日来院された時には、「39kgまですぐ戻りました。」と言われました。
当院では、この症例以外にも、前立腺癌、肝臓癌(症例70)、乳癌、胃癌の方も十全大補湯で良好な経過をたどっておられます。

十全大補湯

十全とは、”宇宙全体“あるいは”すべて“という意味で、”10種類の生薬から構成される完全な補剤“ということから名付けられました。

手術後の体力回復と末期がんにおける体力の維持の目的でよく使います。
手術前: 体力を増強し、がんの進行を抑え、手術への不安感を取り除きます。
回復期: 免疫を増強して、体力を回復し、再発と転移を防止します。
詳しくはこちらをクリック昌平クリニック・ガンの増殖を抑えて弱った体の免疫力を高めてガンを撃退する「十全大補湯」



70.原発性肝細胞癌

次の症例は86歳、女性です。
この症例も十全大補湯です。
私が、播磨病院に勤務していた時からの慢性C型肝硬変の患者さんです。平成17年5月21日の腹部超音波検査で、肝S4/8に直径2cm弱の腫瘍が見つかり、5月25日に腹部CT検査で、肝細胞癌と診断されたため、6月20日に総合病院の消化器科を紹介しましたが、本人が積極的な治療を望まれなかったため、何も治療されずに帰ってこられたため、十全大補湯(じゅうぜんたいほとう;症例69参照)を開始しました。その後、少しずつ腫瘍は、大きくなっていますが、現在91才になられますが、痛みもなく、食欲もあり、大変お元気で通院されております。癌があるのをこちらが忘れるくらいで、結果的には、「何もしなくてよかったな。」と、思われた症例です。

71.心不全、陳旧性心筋梗塞

次の症例は83歳、女性です。
平成7年に、心筋梗塞(前壁)のため、杏林大学でバイパス手術を受けています。
平成21年4月8日に、夜間に持続する胸痛、呼吸苦を認め、赤穂市民病院へ救急搬送され、心不全(Forrester4度)と診断され、約一ヶ月入院され、5月7日退院されました。退院後、6月12日当院へ紹介されました。
体力的に足腰の筋力が弱り、以前56kgあった体重が、45.8kg(身長158.5cm)まで落ち、食欲もなく、食事をしたら下痢をし、体が冷え、胸痛も頻繁起こるというあまりよくない状態でした。
しばらく様子をみていましたが、これは、西洋医学的な治療だけでは、完全によくならないと考え、漢方治療を加えることにしました。
この方の舌を見ると、やせて、地図状舌(地図状舌については、舌診についてを参照してください) を認め、舌の裏側の静脈が膨れていました。
8月7日より、人参湯(にんじんとう・症例8参照)を開始し胃腸を整え、10月2日より、気虚+血虚に使う当帰湯(とうきとう;症例5、122参照)を開始しました。
10月30日に来院された時には、「体が軽く、調子いい。胸痛も週に一回位にに減りました。」と言われました。
12月25日に来院された時には、「最近まわりから元気になったねと、よく言われるんです。」と、うれしそうに話して下さいました。本当に明るくなられて別人のようです。
平成22年1月22日に来院された時には、「ものすごく調子がいいです。」という言葉が口から出ました。
平成22年2月19日に来院された時には、「今まで便秘がちですっきりでませんでしたが、今は毎朝すっきりと出ます。本当に、このクリニックに来るようになってから調子いいんです。」と、おっしゃってくださいました。


当帰湯について

当帰湯は、漢方の原典「千金方」に記載されている薬方です。体をあたため、痛みをやわらげる作用があります。

  • 胸痛や胸背痛、肋間神経痛、腹痛などに適応します。
  • 疲れやすい、元気がない、冷え症、四肢がしびれるなど、気血ともに虚した寒虚証の胸背痛、心下部痛を目標として用いる処方です。
  • 効果のある病気・病名・症状
    背中に寒冷を覚え、腹部膨満感や腹痛のあるもの・狭心症・心筋梗塞・慢性胃炎・十二指腸潰瘍・胆石症・慢性膵炎・過敏性大腸症候群・尿路結石・生理痛・肋間神経痛・胸背痛

 

72.顔の紅斑(+気虚)

次の症例は31歳、女性です。
元々、胃がもたれる・食欲不振・気力がない・気分が沈む・倦怠感、疲労感・頭痛や肩こりなどの症状がある方です。
身長146cm、体重40kg(BMI18とやせを認める)。
今回、1週間前ぐらいより、顔にまだら状に紅斑(かゆみは少ない)が出現し、知人に漢方治療を勧められ、平成21年11月28日たつの市から当院へ来院されました。
この方の舌をみると、舌先が紅くなっていました(舌尖紅潮;症例141も参照)。よく話を聞くと、ストレスが多く、夜もいやな夢をよくみて熟睡できないそうです。
問診で気虚は明らかでしたので、六君子湯(りっくんしとう)と、加味逍遥散(かみしょうようさん)を一か月分処方しました。
加味逍遥散は、平田道彦先生が講演会で、舌尖紅潮があり、舌をいきおいよく出す人は、本剤の有効例が多いと話されていましたので、処方しました(平田先生は私の佐賀医大の一年先輩にあたります。先生のホームページはこちらをクリック平田ペインクリニック)。
年明けの1月4日来院されました時には、「薬を飲んでいるときは、胃も調子よく、体も元気で、顔の紅斑も薬を飲みだして1週間でひきましたが、薬が切れると、また紅斑がでてきました。」と、話されました。明らかに漢方薬が効いていましたので、また同じ組み合わせで処方しました。

舌尖紅潮について

舌の先が赤いのは、五臓の「心」の部分に熱があることを示します。
イライラしやすかったり、口内炎が出来たり、夜眠れなかったりします。つまり、不安神経症、不眠症などの精神的な疾患に多く見られます。
特に女性では、自律神経失調症、更年期障害などの場合にもこのような舌がよく見られます。
ただし、生理中の女性は、舌尖と舌辺の赤さが強くなったり、赤い斑点が出ていますが正常の範疇です。

生活環境を改善し、ストレスの解消に努めましょう。自分の趣味を持つことや、適度に運動することも効果的です。

画像の説明

加味逍遥散について

肝気鬱結(症例24参照)によく使う処方です。

  • 緊張しやすい
  • ストレスをためやすい
  • イライラして怒りっぽい
  • ため息をよくつく
  • 目が充血する
  • のぼせやほてりがある
  • 胸や脇が張る
  • 口が苦い、口が渇く
  • ゲップをしやすい
  • 頭痛や肩こりがある

これらの症状は、漢方でいうところの「肝」という、肝臓だけでなく自律神経にも関連した機能が滞り、ヒートアップしたために上半身に熱がこもっているようなイメージですが、血液を運行する心臓や、消化器系にも影響が出やすく、動悸を生じたり、下痢や便秘をくりかえすような場合もあります。

実は女性にもっとも密接な関わりを持つのがこの「肝」という臓器であり、肝の機能を養ったり調節することによって、婦人病の多くのトラブルを緩和するといっても過言ではありません。


気虚について

気には先天の気と後天の気があります。先天の気とは生まれながらに持っている気です。後天の気とは食べた物によって生じる気です。先天の気は子供の頃に強く、年とともに弱って行くものです。

気虚の原因は後天の気の不足と考えてよいでしょう。食べたものが体に吸収され血になり、気のもとができます。血は全身を巡り、酸素や酵素の作用によりエネルギーが発生します。これが気と考えてよいでしょう。

気が足りないということは、気の生産が、気の消費に追いついていないということです。気は活動することにより消費されます。精神的な活動でも消費されます。「気を使う」という言葉がありますが、これも気を消費しています。人はじっとしていても生命活動をしていますから、気は消費されます。

気虚の人の殆どは気の生産が少ないのです。胃腸の機能が悪く、食べたものがしっかりと吸収されない人です。どちらかというと十分に食べても太れないタイプの人です。

気虚が続く人は、血虚もあります。血虚は血が足りない状態です。気虚の人は栄養になるものを多く食べても、胃腸機能が弱いために吸収が悪かったり、腹にもたれたりします。内容のしっかりした食事をほどほど食べる方が、胃腸の機能が改善します。

漢方では人参、黄耆、茯苓などの生薬を使います。補中益気湯、六君子湯が代表的な処方です。

気虚の症状としては、倦怠感、疲労感・食欲不振・気力がない・めまい、立ちくらみ・食事の後眠くなる・夜は寝つきが悪い・朝起きにくい・午前中ぼんやりしている・物静かでおとなしい・汗をかきやすい・免疫力低下から風邪をひきやすい・内臓下垂といった症状がでます。

 

73.気管支喘息(+腰痛と坐骨神経痛)

次の症例は78歳、男性です。
約2年前から、寒くなったり、疲れたりすると喘息が起こるようになり、総合病院の呼吸器科で、抗アレルギー薬のアイピーディー、去痰薬のクリアナール、ムコソルバンL、吸入ステロイド剤のアドエアーを処方されたが、吸入ステロイド剤を使用すると、声が出なくなるため、平成20年11月13日、漢方治療を求めて当院へ来院されました。
また、一カ月前から腰痛と坐骨神経痛もありました。
この方の舌を見ると、紫がかり、瘀血(おけつ)を認め、腹診では下腹部が軟弱無力で、圧迫すると腹壁は容易に陥没し、押さえる指が腹壁に入るような状態(小腹不仁(しょうふくふじん))を認め、腎虚と考えられました。身長160.4cm、体重57.0kg
腰痛と坐骨神経痛の方が辛そうでしたので、先にそちらを治療することにしました。疎経活血湯(そけいかっけつとう;症例1参照)八味地黄丸(はちみぢおうがん;症例216参照)に、体を温め、痛みをとるブシ末を増量して処方しました。
平成21年1月22日来院された時には、随分楽になり、2月19日来院された時には、腰痛と坐骨神経痛は消失しました。
今度は、疎経活血湯を抜いて、柴朴湯(さいぼくとう)を入れて、喘息の治療をしたところ、3月21日来院された時には、「咳も痰も減り、喘息も出なくなりました。」と、言われました。
平成22年1月7日現在も、同じ処方で、調子のよい状態を維持しております。

当院でも、喘息の治療に吸入ステロイド剤をたくさんの方に処方しており、大半の方はそれでうまくいっていますが、どうしても西洋薬が合わない方がおられますので、そのような時には漢方薬が有用ですし、この方のように4種類の薬でだめな場合でも、たった1剤でコントロールすることも可能ですのでまたご相談ください。

気管支喘息については、症例198、333も参照下さい。

気管支喘息に用いられる漢方薬は、よい処方がたくさんあります。
代表的な処方を体質別に紹介します。

<実証タイプ>比較的体力があり胃腸も丈夫な人、
痰は比較的少なく口渇があり発作時に顔面発赤や発汗がみられるような方は麻杏甘石湯(まきょうかんせきとう)を基本にした処方が頻用され、必要に応じ半夏厚朴湯を併用します。肥満の方には防風通聖散や大柴胡湯も喘息と肥満の体質改善を兼ね使われ効果を発揮します。

<中間証タイプ> 体力的に普通程度の人、
柴朴湯(さいぼくとう)現在もっとも喘息治療に使われている処方であり、幅広い体質に使えますが、のどの詰まり感がある方やストレスで発作を誘発しやすい方に特に良い薬です。水様の痰が多く出るタイプでは小青龍湯(しょうせいりゅうとう)を良く使いますが、鼻炎を併発している人には同時にこちらも改善でき一石二鳥です。痰の少ないタイプでは滋陰降火湯(じいんこうかとう)も使われますし、痰のきれが悪い場合は清肺湯(せいはいとう)が使われます。

<虚証タイプ>体力的に比較的虚弱な人や高齢者、
空咳か痰の切れにくいようなタイプには麦門冬湯を頻用します。水っぽい痰が多ければ苓甘姜味辛夏仁湯がよく使われ、冷えが強く血色もすぐれない方には麻黄附子細辛湯が選択されます。胃腸虚弱が強ければ参蘇飲が体質強化をかね効果的です。

 

74.小児気管支喘息の漢方治療(1)

次の症例は7歳、女児です。
繰り返し、喘息発作を起こし、そのつど西洋薬を処方していましたが根本的に治療するため、平成21年4月20日より、神秘湯(しんぴとう)を1日二回飲ませたところ、それ以後一度も発作を起こさなくなりました。12月に一度インフルエンザに罹りましたが、その時も喘息は出ませんでした。
なお、この子はその後も発作を起こすことなく2年が過ぎましたので、平成23年3月18日をもって治療を終了しました。

同じような症例を症例172、446にも載せております。

小児喘息用の漢方

小児の喘息は特に漢方薬の効果が早く出る場合が多く、又副作用の点でも安全性が高いので、もっと多く使われるべきだと私は思っています。
神秘湯が、小児喘息の第一選択薬です。

下田先生は、次のようにいわれています。
「私が神秘湯を小児喘息治療の中心にするのは、気管支拡張作用があり、気を動かす作用があり、抗アレルギー作用もあるからです。
麻杏甘石湯と柴朴湯を合わせたものから、余計なものを取り除いたら神秘湯になるのです。大人は一応、柴朴湯を基本にするのです(発症してあまり長くない人は神秘湯でやる)が、小児の場合は、ほとんど神秘湯です。
子供の喘息は、神秘湯で、だいたい二年でほとんど治ります。子供の喘息は、もうほとんど神秘湯で終わってしまいます。だから子供の喘息患者はちっとも増えません。」

 

75.下半身の冷え・しびれ・痛みの漢方治療

次の症例は64歳、女性です。胃潰瘍の既往があります。
下半身が水につかったように冷え、しびれて痛むと、知人に漢方治療を勧められ、平成21年12月14日当院へ来院されました。
この方の舌を見ると、腫れぼったく、紫がかり、舌の裏側の静脈が膨れ、お臍の左右下方に瘀血のしこりを触れましたので、水毒+瘀血(おけつ)体質と診断いたしました。そこで、苓姜朮甘湯(りょうきょうじゅつかんとう)と、瘀血体質の神経痛に使う、疎経活血湯(そけいかっけつとう;症例1参照)を開始しました。
一ヶ月後の平成22年1月7日当院へ来院された時には、「冷えやしびれ・痛みが随分とれました。」と、言われました。

苓姜朮甘湯について

「金匱要略」の「腎着病(じんちゃくびょう)」に記載されている方剤です。
腎着病とは、寒邪と湿邪が足腰についたもので、つまり冷えて腰が痛む、足が痛い、坐骨神経痛に悩むなどの症状で、苓姜朮甘湯はそれらをとってくれる方剤で、別名「腎着湯」とも呼ばれてます。

湿邪は重い特徴があるので、下半身を犯しやすく、寒い季節になると、すわりっぱなしの姿勢も手伝うと、坐骨神経痛がでたりします。

本剤は温める利水剤です。下半身の冷え(腰から下が水風呂に入っているように冷える)と水滞に使います。べた曇りの日には、気分も冴えず、身体が重く、むくみやすい・・・などの傾向がある方の腰痛や坐骨神経痛、足腰の痛みにはピッタリです。

ただし、散寒と利水という配合から、冷えによる腹痛・水様便・帯下などにも有効であり、寒湿全般を目標にして使用すればよいです。
「気」を補い、五臓の「脾」を補う効能があるので長期間服用しても胃腸を障害しない利点があります。

 

76.膝の痛みの漢方治療

次の症例は62歳、女性です。
約1年前より、右膝が痛み(膝関節の内上方部分)、総合病院の整形外科に通ったが全くよくならず、右膝をかばうため、1ヶ月前から左膝も痛むようになり、当院通院中の患者さんの紹介で、姫路市より平成21年7月10日来院されました。膝の痛みは、お風呂で温めると楽になるそうです。
膝の痛み以外にも食欲不振、めまい(立ちくらみ)、吐き気、耳鳴り、頭痛、肩凝り、喉の渇きなどの症状もありました。
身長149cm、体重43.5kg(BMI19.5とやせを認める)。
この方の舌を見ると、腫れぼったく、紫がかり、舌の裏側の静脈が膨れ、お臍の左下方に瘀血のしこりを触れましたので、防巳黄耆湯(ぼういおうぎとう;症例91参照)に、瘀血体質の神経痛に使う、疎経活血湯(そけいかっけつとう;症例1参照)と、体を温め、痛みをとるブシ末を合わせて一か月分処方しました。
一か月後の8月12日には正座ができるようになり、平成22年1月13日当院へ来院された時には、「いつの間にか小走りができるようになっていました。」とうれしそうに話されました。また、膝だけでなく、全身状態も非常によくなられたそうです。

変形性膝関節症の漢方治療については症例2,111,131,184,207,209,227,228,245,268,269,282,283,300,311,319,334,355も参照して下さい。
防巳黄耆湯について

漢方の原典である『金匱要略(きんきようりゃく)』に記載されている漢方薬で、働きは、
1.消炎鎮痛作用があります。
2.温めて身体の表面にある余分な水を取り去ります。
3.すぐに噴出してくる汗を止め、体力を増します。
4.余分な水の影響からくる関節痛を治します。

水が滞った状態は水毒(または水滞(すいたい))と呼ばれ、関節痛、吐き気、めまい、むくみなどの原因となりますが、利水剤は水毒を改善してこれらの症状を解消するために働きます。 防已黄耆湯は気虚の浮腫を改善する利水剤なのです。 防已黄耆湯が適する証(漢方的な診断目標)は、色白で水太り、汗をかきやすく、どちらかというと虚証(体力が衰弱している。簡単に言うと、疲労しやすく夏は非常に疲れ、冬は冷える人という感じ)です。本症例は、「色白で水太り、汗をかきやすい」には当てはまりませんでしたが、他の症状から「水毒」「気虚」は間違いありませんでしたので、よく効きました。
関節痛やむくみは、腰より下にあらわれやすいのも特徴です。

こうしたタイプの人の変形性膝関節症、体の節々の痛み、カゼをひいたあと発汗が止まらない、腎臓病、化膿性の面疔(顔にできる悪性の腫れ物)、カリエス(慢性の骨炎によって骨がだんだん溶け出す疾患。主に結核菌によるもの)などの治療に用いられます。そして、さまざまな不調とともに、水太りの肥満そのものも解消してしまいます。
今流行の、防風通聖散(ぼうふうつうしょうさん)にも似たところがありますが、防風通聖散は実証(体力が充実していること)であるがゆえに体の中に毒がたまるタイプが適します。 防已黄耆湯はそれよりも虚証で、体表に水毒があるため気や血が巡らない体の不調が目標になります。

 

77.「虚証」の便秘

次の症例は25歳、女性です。
元々スギ・ヒノキによるアレルギー性鼻炎があります。また、胃が弱く(吐き気・胃もたれ)、昨年も3回当院へ来られています。冷え症もあります。
週に一回しか排便(出るときはコロコロ便)がなく、かといって市販のコーラックを飲むと便は出ますが、吐き気や腹痛が起こるため、漢方治療を求めて平成22年1月4日来院されました。
この方の舌を見ると、腫れぼったく、地図状舌を認めました。
麻子仁丸(ましにんがん;症例116参照)を寝る前に1包、もし便が出ないようなら2包飲むようにと指示して二週間分処方しました。
1月14日来院された時には、調子よく排便し、吐き気や腹痛も起こらなかったと喜んでいただきました。

便秘について

便秘は、自然な排便のリズムが乱れて、便が長く腸内にとどまるために起こります。その主な理由は、野菜や果物など、食物繊維を豊富に含む食べ物の摂取不足です。
一般的には、2〜3日排便がない場合に便秘といわれますが、実は日数や回数はあまり便秘の目安とはなりません。
排便は個人差が大きく、2日に1度くらいでも、規則的に排便があり、不快感がなければ便秘とはいいません。
漢方医学では、患者の体が「実証」か「虚証」かを見極め、それに合った漢方薬を選択します。
「実証」とは体力、気力が過剰なほど満ちており、太くつながった便を排出する人を指し、「虚証」とは、逆に体力や気力が不足している状態で、下剤を飲むと腹痛を起こしたり、便がコロコロとした塊状になるのが特徴といわれています。
このうち、実証の便秘には「大黄甘草湯(だいおうかんぞうとう)」、「調胃承気湯(ちょういじょうきとう)」、「大承気湯(だいじょうきとう)」、「大柴胡湯(だいさいことう)」などが使われます。
大黄甘草湯は、便秘以外に何の症状もない常習的な便秘に広く用いられます。一応、排便はあるものの残便感があるときには、調胃承気湯を使います。「承気」とは、「気のめぐりを良くして便を通じさせる」という意味で、「調胃」とは、胃腸の機能を調整する作用をいいます。
大承気湯も、気のめぐりを良くする作用があります。このため、腹部、特にへその中心部に膨満感がある人の便秘に適しています。大柴胡湯は、体ががっちりしていて、上腹部に張った感じがある人の便秘に対して用います。
一方、虚証の便秘には、便中の水分を増やす働きのある滋潤剤を配合した「麻子仁丸(ましにんがん)」、「潤腸湯(じゅんちょうとう)」、「大建中湯(だいけんちゅうとう)」などを用います
麻子仁丸は、高齢者や体力がない人の常習的な便秘に使用します。潤腸湯は、腸管が乾いて潤いを失い、便がコロコロして固い常習的な便秘に対して用います。大建中湯は、体力が低下して食欲がなく、ガスが腸内にたまった状態の便秘が対象となります。


麻子仁丸と潤腸湯(じゅんちょうとう)について

両者とも、腸液の分泌低下により、便の性状がコロコロで、まるでウサギの糞のよう(燥便)なものに使います。口唇がかさかさで、皮膚も乾燥(血虚)していることが多いです。
高齢者に使うことが多いが、体の弱い若い人にもよい。
他の下剤が無効の時に試してみる価値があります。

麻子仁丸はほとんど補益性はなく、単に蠕動運動の亢進、燥便の潤滑、痙攣性疼痛の緩解を目的とする薬物しか配合されていないのに対して、潤腸湯はこれらの作用に加えて、もともとの老人性の血虚に対して、地黄・当帰で補血する作用も有しています。

麻子仁丸の取り柄は、薬味の多い薬、例えば、八味地黄丸・牛車腎気丸・疎経活血湯(これらは老人によく使い、地黄や当帰などを含んでいる)などを飲んでいる人に、さらに薬味の多い下剤は出したくないという時に便利だということです。
潤腸湯は、単に年をとっているだけで、他に基礎疾患があまりない便秘の方には重宝します。

 

78.「虚証」の便秘(2)

もう一例、「虚証」の便秘です。
次の症例は34歳、女性です。
近くの肛門科で、便秘の治療として、実証用の便秘に使う、大黄甘草湯(だいおうかんぞうとう)を処方されていたが、便は出るものの、排便時に腹痛も起こるため、平成21年11月3日当院へ来院されました。身長155cm、体重47kg(BMI19.6)。
この方の舌を見ると、症例77同様、腫れぼったく、地図状舌を認めました。腹診では腹直筋緊張(;症例279参照)を認めましたので、桂枝加芍薬大黄湯(けいしかしゃくやくだいおうとう;症例41参照;ダイオウ末一日0.6g)を一日二回、朝と寝る前に一ヶ月分処方したところ、平成22年1月15日に来られた時には、「毎日ちょうどいい便がでて、お腹も痛みませんでした。」といっていただきました。

便秘の西洋医学的分類と漢方治療

便秘は西洋医学的には、直腸性便秘・弛緩性便秘・痙攣性便秘の3つに分類されます。

  • 直腸性便秘

排便の反射が弱くなっており、一般に「習慣性便秘」といわれています。排便習慣の乱れが最大の原因で、女性に多く、産後の腹壁の弛緩などもそれをひどくする原因になっています。高齢者や体の弱い若い人では麻子仁丸(ましにんがん)・潤腸湯(じゅんちょうとう)・八味地黄丸(はちみじおうがん)などを、若年者では大黄甘草湯(だいおうかんぞうとう)・調胃承気湯(ちょういじょうきとう)などを使用します。大黄甘草湯は子供の便秘、特にちょうど離乳期に便秘になることが多いですが、この時使えます(乳児1日2~2.5 g、幼小児1日2.5~5.0 g)。大黄甘草湯はよく飲んでくれてよく効くので是非使ってください。また、大黄は大量であれば瀉薬となり、少量なら補薬となりますので、常用量の1/4~1/6で虚証の人に効くことがあります。
承気湯は順気湯(気を巡らす)の意です。大承気湯はの人というのはお腹の中にガスがパンパンにあって、気の巡りが悪くて精神症状を来たしている状態です。承気湯類はみんなそうです。胃・小腸・大腸に熱を持って、この辺の血の巡りが悪くなるだけでなく、物質的な気の停滞、具体的にはガスがたまってくるのです。承気湯類は、胃腸全般の動きをよくし、その停滞するガス・便等を一掃するのです。

  • 弛緩性便秘

漢方では「気虚の便秘」といいます。大腸全体の運動・緊張の低下のため、大便が直腸に達するのに時間がかかるために起こる便秘です。そのため大便の水分が吸収されるため、硬い便になる。直腸性便秘を合併していることが多いです。消化管の筋緊張と運動を高める補中益気湯(ほちゅうえっきとう)・人参湯(にんじんとう)・六君子湯(りっくんしとう)・大建中湯(だいけんちゅうとう)などをベースに服用し、直腸性便秘がある時は麻子仁丸・潤腸湯を一緒に併用します。

補中益気湯の症例を症例309に載せています。

  • 痙攣性便秘(症例190・192・197参照)

一般に「神経性便秘」と言われています。過敏性腸症候群の便秘型に相当します。決して硬い便は出ず、細い便が細切れに出たり、ウサギの糞のようなコロコロの便になります。そして、残便感・下腹部の膨満感・腹痛などを伴います。治療は精神的なストレスの改善と痙攣して細くなった大腸機能を緩めることを考えます。一般には桂枝加芍薬湯(けいしかしゃくやくとう)・桂枝加芍薬大黄湯(けいしかしゃくやくだいおうとう)・小建中湯(しょうけんちゅうとう)を使用し、精神的ストレスが強ければ、加味逍遥散(かみしょうようさん)・四逆散(しぎゃくさん)・柴胡桂枝湯(さいこけいしとう)などを併用します。


桂枝加芍薬大黄湯について

中国の医学書「傷寒論」に収載され、腹が張ってしぶり腹に用いる「桂枝加芍薬湯」という処方に大黄を加えた薬方です。
腹が張って痛みのある人、また 便秘のある人のしぶり腹に用いられます。

大黄(ダイオウ)‥タデ科ダイオウの根茎です。漢方的には「瀉下」の作用があるとされています。

症例104の「真武湯や防已黄耆湯を使う便秘」も参照してください。

79.膀胱炎様症状

次の症例は68歳、女性です。
平成17年5月、右ソケイヘルニアの手術のため、総合病院の外科に入院しました。
入院中に、「何度もトイレに行きたくなる」、「排尿後に痛みがある」、「残尿感」などがあり、泌尿器科を受診したところ、「尿はきれい。」と言われ、「子宮が膀胱を圧迫しているためではないか。」とも言われた。
結局、薬は何も出ないまま5月27日退院した。しかし、症状は続くため、6月3日漢方治療を求めて当院へ来院されました。
この方の舌を見ると、やせて、紫がかり、舌の裏側の静脈が膨れ、白苔を認めました。
五淋散(ごりんさん)を一週間分処方したところ、6月10日に来られた時には、「漢方がよく効いて症状がすべてとれました。」と、言っていただきました。
このように、膀胱炎に長くかかっている人・繰り返し膀胱炎になる人・細菌がないのに膀胱炎の症状が出ている人は、漢方薬がよい作用をもたらすことも多いようです(症例99、140も参照してください)。


五淋散について

抗生物質の投与により細菌が陰性化しても、排尿時の不快感が残ったり、一時的には良くなった感じでもまた再発したり、また抗生物質を連用すると下痢しやすかったり、あるいは非細菌性膀胱炎など、排尿時の悩みを抱えた人は少なくありません。
これらの膀胱炎様症状を繰り返す人の排尿時の不快感には、漢方薬の五淋散が効果的です。
五淋散は、細菌の排出を促進し、炎症や化膿を鎮め、傷の修復を促進するほか、血流を改善して下腹部を温め、抵抗力をつけるはたらきを示します。

五淋散は11種類の生薬(漢方薬の原材料)を組み合わせた薬で、6種の利尿の生薬が配合され、その中で滑石・沢瀉・木通・車前子は消炎解毒・抗菌作用をかねる利尿生薬として、黄芩・山梔子・甘草と共に患部の炎症や化膿などを改善します。
さらに当帰・地黄・芍薬は局所の血流改善や傷の修復作用を促進するとともに、体力や抵抗力を増す滋養作用を示します。

この処方は、体力が中等度で、のどの渇きはそれほど強くない人に適しています。頻尿、排尿痛、残尿感などが伴う膀胱炎、尿道炎、尿路結石とともに心因性の頻尿にもしばしば用いられ、弱りがちな体力や気力も充実させるのです

五淋散には6種の利尿の生薬が配合され、その中で滑石・沢瀉・木通・車前子は消炎解毒・抗菌作用をかねる利尿生薬として、黄芩・山梔子・甘草と共に患部の炎症や化膿などを改善します。
さらに当帰・地黄・芍薬は局所の血流改善や傷の修復作用を促進するとともに、体力や抵抗力を増す滋養作用を示します。


山本巌先生の五淋散コメント

私は今まで、五淋散を使用して一度も苦情を聞いたことがない。しかも、あまり陰陽虚実などにとらわれずに排尿痛、頻尿、残尿感、時に血尿のある場合、主として膀胱炎、尿道炎に気楽に使用します(東医雑録)。

他の方剤の解説

猪苓湯(ちょれいとう)。これは、のどが渇く人に適していて、頻尿、排尿痛、血尿、排尿時の不快感、残尿感などを伴う尿道炎、尿路結石、腎結石、腎炎などに用いられます。

肥満している人でも、水太りでやや虚弱タイプの場合には、これによく似た清心蓮子飲(せいしんれんしいん;症例99を参照)という処方にします。これらの薬を1ヶ月ほどは飲み続けてください。

 

80.通年性鼻アレルギー、寒冷蕁麻疹、過敏性腸症候群

次の症例は25歳、男性です。
一年中鼻水、くしゃみがあり、耳鼻科で検査の結果、スギ・ヒノキ・イネ・ハウスダストなどにアレルギーがあるそうです。
また、常に便秘と下痢の繰り返しで、体がだるく、疲れやすく、蕁麻疹も薬を飲まないと出るといった状態のため、漢方治療を求めて、平成21年11月7日姫路市より来院されました。
話をよく聞くと、小さいときは鼻血をよく出したり、風邪もひきやすく、おねしょがなかなか治らなかったりで、まさに小児虚弱体質であったと思われました(症例26・29・48参照)。
この方の舌を見ると、舌の裏側の静脈が膨れ、舌の中央に縦に深い溝があり、 腹診では両側の腹直筋の緊張(;症例279参照)を認めました。身長180cm、体重68kg(BMI20とやや、やせ気味)で、冷え症を認めました。
現在耳鼻科より出ている抗アレルギー薬はそのままにして、桂枝加芍薬湯(けいしかしゃくやくとう;症例78参照)麻黄附子細辛湯(まおうぶしさいしんとう;症例49参照)を開始しました。
一ヶ月後の12月14日当院へ来院された時には、「鼻もお腹も調子いいです。しかし、薬が切れたら皮膚が痒くなり、引っ掻くと、皮膚がみみずばれになります。」と、言われましたので、また一ヶ月分同じ処方を出させていただきました。

寒冷蕁麻疹について

蕁麻疹は急に皮膚にできる痒い膨疹です。盛り上がった湿疹ができる皮膚病の総称として使われます。
その中でも寒冷蕁麻疹(かんれいじましん)は、寒さがきっかけで起きる蕁麻疹を指します。秋から冬にかけて多い病気です。
冷水、寒風などの寒冷刺激にさらされた部位に、強いかゆみを伴った発赤、膨疹などを生じます。
ちょっと間違えやすいのですが、正確には急な外気の温度低下による寒さのせいというよりも、皮膚温度の変化がきっかけとなります。例えば、入浴中に上がった体温が、脱衣場で下がった場合もきっかけとなりますし、紫外線を避けて日の出直後や日の入り後にジョッギングをして発汗した時に、たまたま風が吹いて、上がった体温が低下した場合などにもみられます。
麻黄附子細辛湯小建中湯などで治療します。
なお、小建中湯は桂枝湯に芍薬を加え(=本症例に用いた桂枝加芍薬湯)、更に膠飴(もちごめ粉、うるち米粉、小麦粉に麦芽を混ぜて発酵糖化させてつくった飴のこと)を加えたものです。
体内(裏)が更に虚した時には桂枝加芍薬湯に膠飴を加えた小建中湯証となります。


他の先生の症例も紹介させていただきます。

寒冷蕁麻疹に対する小建中湯の使用経験

泉山隆男,佐藤浩平,工藤興寿,横山義弘,土佐典夫,田村英嗣,百田行雅,斉藤哲夫,斉藤信哉,石戸谷孝博,尹重浩,山田恭吾

白生会胃腸病院(青森県五所川原市)

冷水、寒風などの寒冷刺激にさらされた部位に、強いかゆみを伴った発赤、膨疹などを生じる寒冷蕁麻疹は、Czarnetzki BM (1986) によれば、免疫グロブリンによる蕁麻疹の中の物理的蕁麻疹に分類されている。寒冷地においては、患者は一年の半分以上もこの蕁麻疹に悩まされることになる。今回われわれは、この寒冷蕁麻疹の症例に対して漢方治療を行い、良好な結果を得たので報告する。

症例は、30歳男性。22歳の夏、海水浴中に何かに刺された感じがあり、その後冷水に手を入れると赤く腫れる、寒風にさらされると首などの露出部分に膨疹がでる、海水浴では全身が赤くなって膨疹で覆われるなどの症状が出現してきた。最近、特にわずかの寒冷刺激でも湿疹が強く出るようになり、漢方治療を希望して来院した。患者は体格中等度、実証で陽。腹力3/5、心下痞鞭。脈は浮で遅、舌に微白苔あり。末梢血液像、血液生化学検査に異常なく、アレルギー検査ではダイズ、コナヒョウダニ、ハウスダスト、スギなどが陽性であった。

この症例に対して小児の体質改善のためによく処方される小建中湯15g/日の投与を開始した。投与後1週間では「なにか効いているようだ」との自覚症状の変化があり、おりしも秋から冬にかけてという患者にとっては特に蕁麻疹に悩まされる季節の到来であったにもかかわらず、投与後8週では「スキーに行って寒風にさらされても湿疹が出たり出なかったりするようになった」、投与後14週では「冷水に手を入れても湿疹が出なくなった」との著明な改善が得られた。

小建中湯にはその構成生薬より抗アレルギー作用、抗炎症作用、抗ストレス作用、ステロイドホルモン様作用、環状ヌクレオチドの保護作用などがあり、これらの作用が、患者にとっては化学伝達物質と免疫調節作用が深く関係する蕁麻疹に対して、生薬が予防的に働けるような証の合致があったためと考えられる。今後症例を重ねて検討したいと考えている。
(漢方診療 VOL.15, No.1, 6, 1996)

山本巌先生のアレルギー性鼻炎コメント

花粉症の症状を漢方では、「体内の水分バランスの異常(水毒)」、すなわち必要なところに水分が少なく、特定のある部分にたくさん溜まっている状態として捕らえています。
鼻水、涙は不要な場所に水分がたまっておこり、鼻閉は鼻粘膜に水分が貯留して膨張して起こるため、治療の基本は、利水剤を用いて「水」を”さばく”ことです。

アレルギー性鼻炎に対するファーストチョイスは麻黄附子細辛湯(小児や明らかな熱証にも有効;虚実や体格に関係なし)である。
アレルギー性鼻炎の治療薬として有名な小青竜湯は、麻黄附子細辛湯の緩和剤くらいにしか使わない。
小青竜湯は無効ではないが、非常に効きが悪い。小青竜湯で効果を期待するなら長い年月を要する。
“アレルギー性鼻炎に小青竜湯”とはよく言われる。無効とは思わないが、これ位の効なら何も漢方なんぞ使う必要がどこにあるか、と言いたいくらいである。
野球でいえば、バントして走者を二塁に送る位で、そこへいくと麻黄附子細辛湯はホームランを打った時のような快感がある。
アレルギー性鼻炎の90%はこれで大丈夫です。
「附子は温薬だから冷えに使う」と考えますが、利水薬なんですよ。細辛も麻黄もそうです。
麻黄附子細辛湯エキス散3~5gを頓用すれば空腹時なら3~5分(食後でも15分)で瘙痒感はとれ、くしゃみは止まる。20~30分で鼻閉・水様性鼻汁も止まり、全く症状はなくなる。
この時効果が弱いと、さらに麻黄附子細辛湯エキス散3~5gを服用させる。
1回の服用で適量なら、4~6時間くらい効果が持続する。(薬効が切れてまた発作が起きたら屯用させる。)
これで一回および一日の服用量を決めるとよい。

 

81.普通感冒

次の症例は68歳、女性です。
元々高血圧症・糖尿病などで当院通院中の方です。
咳・痰・鼻水(水様)・くしゃみを訴え、平成22年1月4日来院されました。
参蘇飲(じんそいん)麻黄附子細辛湯(まおうぶしさいしんとう)を加えて余裕を持って2週間分処方いたしました。1月22日に来院された時に、話を聞くと、「2日間でよくなった。」とのことでした。
ただ、治った後もしばらく飲んでいたそです。なぜなら、飲んでいると疲れが取れ、体が調子よかったからです。
実はご主人が入院されており、看病で疲れきっていたそうです。
参蘇飲は、普段からあまり体が丈夫でなく、胃腸の弱い方が風邪をひいた場合に用いられる漢方薬です(症例48参照)。気虚体質に使う、六君子湯(りっくんしとう)がベースになっております。そのため、疲れが取れ、体の調子がよかったのだと思います。
そこで、六君子湯を更に一ヶ月分処方させていただきました。

参蘇飲について(坂東 正造先生)

普通感冒といえば「参蘇飲」が最も良い総合感冒薬である。
“かぜに葛根湯”とよく言うが、葛根湯には鎮咳薬も去痰薬も配合されていない。消炎解熱薬も“葛根”しか含まれていないために葛根湯は総合感冒薬になれないのである。
本方は一年中を通じて普通の感冒に用いる。普通のかぜで、頭痛・発熱・咳嗽・喀痰のある者に用いる。症状に応じて以下の方剤を併用すればよい。

  • くしゃみ・鼻水・咽痛・寒気を呈する者‥+麻黄附子細辛湯
  • 鼻・咽頭の発赤、腫脹により鼻閉、咽痛を訴える者‥+麻杏甘石湯
  • 咳・痰がひどくなり、痰が黄色になる場合‥+麻杏甘石湯(抗生剤併用)
  • 頭痛‥+川芎茶調散
  • 発熱‥+小柴胡湯合白虎加人参湯

妊婦のかぜにも参蘇飲です。

  • かぜのはじめつまり悪心・頭痛‥+桂枝湯
  • 発熱時‥+小柴胡湯
  • 参蘇飲だけで止まらない咳‥+麦門冬湯
  • 風邪をひいて浮腫の強い時‥+当帰芍薬散
  • 咽頭痛‥桔梗湯

 

82.不眠症

次の症例は、22歳女性です。
疲れているのに寝つきが悪く、夜ぐっすり寝れなかったり、頭痛(後頭部)、肩こり、立ちくらみ、食欲不振、体のだるさなどを訴え、平成17年9月2日来院されました。
よく話を聞くと、職場が変わって人間関係が難しく、ストレスが強くかかった8月頃からそれらの症状が出てきたそうです。
もともと冷え症がありますが、顔はのぼせます。発汗はありません。
舌診では特に異常を認めず、 腹部は軟弱で、右肋骨弓下部に抵抗・圧痛が軽度に認められ、臍の上方で腹部大動脈の拍動亢進を触知しました。
人間関係に疲れ果て、自力で回復できなくなっているのだろうと考えて柴胡桂枝乾姜湯(さいこけいしかんきょうとう)を2週間分処方したところ、9月16日に来られた時には、「夜もよく寝れるようになり、食欲も増え、頭痛もおさまりました。」と、大変喜んでいただきました。
また、お腹を診ると右肋骨弓下部の抵抗・圧痛は消え、腹部大動脈の拍動もあまり触れなくなっていました。
念のため更にもう一ヶ月分処方し、治療を終了させていただきました。

柴胡桂枝乾姜湯について

体力が弱く、冷え症、貧血気味で、動悸、息切れがあり、神経過敏のものの次の症状によく使います。
更年期障害、血の道症、神経症(不安感・抑うつ気分)、不眠症(特に熟眠障害)

各種柴胡剤(小柴胡湯,柴胡桂枝湯,柴胡加竜骨牡蠣湯)のなかで最も体力が低下した人に用いられる方剤です。
季肋下部の苦満感および肋骨弓下部に抵抗・圧痛が軽度に認められます。
一般にやせ形で顔色が悪く、疲れやすい人が多く、微熱・熱感、食欲不振、口中の乾き、頭部の発汗、盗汗(ねあせ)、動悸、息切れ、不眠などを認める事があります。
腹部は軟弱で、腹部大動脈の拍動亢進を触知します。

イメージは人前ではがんばって元気にふるまって見えて、実は疲れやすく、少し神経質で冷え症の人

”柴胡”という生薬は、漢方医学的な“”(疳につながる)の昂ぶりを鎮める作用があり、イライラを伴う不眠には柴胡含有の柴胡加竜骨牡蛎湯(実証向き)や柴胡桂枝乾姜湯(虚証向き)が有効です。

桂枝加竜骨牡蛎湯、柴胡加竜骨牡蛎湯には竜骨(りゅうこつ)と牡蛎(ぼれい)が、柴胡桂枝乾姜湯には牡蛎がそれぞれ含まれています。
竜骨は大型ほ乳動物の骨の化石、牡蛎は牡蠣(かき)の貝殻で、ともに主成分は炭酸カルシウムです。漢方薬では 特に精神安定作用を目的とする処方に配合されています。竜骨や牡蛎の含まれた方剤は腹部の動悸(腹部を触ると心窩部や臍上に動悸を強く触れます)、恐い夢や追いかけられる夢をよくみる、物事に驚きやすいといった精神不安定感がその使用目標となります。

 

83.めまい

次の症例は、47歳男性です。
平成19年5月14日より、めまい(ふわふわする感じ)出現し、脳外科受診し、頭部CT検査を受けるも異常なしと言われ、5月22日、今度は近くの内科受診し、メリスロンを5日分処方されたが、全く改善されないため、次に耳鼻科へかかったが、聴力検査など特に異常なしと言われ、メチコバール、アデホス、イソメニールを処方されたが、全く改善しないばかりか、胃も悪くなったため、漢方治療を求めて、平成19年5月29日当院へ来院されました。
身長180cm、体重72kg(BMI22)。
舌診ではやや黄色味を帯びた厚い苔が付着していました。腹診では特に異常を認めませんでした。
半夏白朮天麻湯(はんげびゃくじゅつてんまとう;症例51参照)2週間分処方したところ、6月2日奥様が来院され、「調子がよく、すっきりしている。」と、話されました。

半夏白朮天麻湯について

日頃脾虚体質(胃腸が弱く、食が細いために体格が悪く、寒がりでかぜを引きやすい。いわゆる虚弱体質)の頭部の諸症状に使います。
めまいの性状は、「身の全体が上づりになり、頭が重くふらついてぐるぐるまわるように思われ、足元はかるくひょろひょろとなるようなめまい(療治茶談)。」です。

 

84.痔出血

次の症例は、47歳男性(症例83と同一)です。
便に赤く筋状に血液が付着するため、平成19年12月12日受診されました。
もともと痔があるとのことでしたので、芎帰膠艾湯(きゅうききょうがいとう;症例335参照)を2週間分処方したところ、次の日には止血したそうです。しかし、他の病気があっては困りますので、念のため大腸内視鏡検査を受けていただきましたが、痔以外には異常はありませんでした。

芎帰膠艾湯について

血虚体質に使う基本方剤である四物湯(しもつとう)に以下の生薬が加わっています。
阿膠(あきょう).・艾葉(がいよう)‥止血作用
甘草(かんぞう)‥補気
四物湯よりも全面的な補血剤と考えてもよい(四物湯よりも補血薬の量が多い)。
肝の蔵血機能を回復し、月経の安定をはかります(月経トラブルとともに、憂うつ感など神経症状のみられるときに用いてもよい)。
元来は、妊娠中の下腹痛(切迫流産)や不正性器出血、産後の出血に用いられた方剤です。=下腹部(子宮)に冷えを感じて生じる不正出血や月経過多に用いる。
切迫流産で、出血が始まった場合は、芎帰膠艾湯を、2時間おきに3~4回服用すればよい。

阿膠・艾葉は止血の効果にすぐれているので、他薬を無視して単なる止血剤と考えてもよい
身体下部の出血(痔出血を中心に、過多月経、不正性器出血、尿路出血、下血など)またそれらに伴う貧血症状に適応します。身体上部の出血(吐血・喀血)には用いない。
強い熱証(=黄連解毒湯などを使う)を呈さない出血には広く用いてよい。
つまり、陰陽虚実にさほどこだわらず用いてよい。
出血は持続的で黒味を帯びていることが多い。

 

85.肩こり、耳鳴

次の症例は42歳、女性です。
普段より肩こりが強いが、特に生理前後に肩がこり、生理の後に頭痛が来るため、上郡町から漢方治療を求めて、平成20年12月22日来院されました。
舌や腹診は特に異常ありませんでした。
葛根加朮附湯(かっこんかじゅつぶとう)(症例12参照)を2週間分処方しました。
平成21年1月5日来られた時は、「よく効いた」。と、喜んでいただきました。
その後1日1~2包で肩こりはすっかりよくなり、10月10日に来られた時は、「以前は、風邪をよく引いていたのに薬を飲むようになって全く引かなくなりました。」と、言われました。
また、平成22年1月19日に来られた時は、「左の耳鳴や、時々聴力が低下する感じ(耳鼻科では原因不明と言われていた)がいつのまにか気にならなくなりました。」と、言われました。
葛根加朮附湯は、風邪によく使う葛根湯が基本になっていますので風邪を引かなくなったのわかりますが、なぜ耳鳴に効いたかは不明です。
このように漢方治療をしていますと、予期せぬ効果が出て驚かされることがよくあります。

86.薄毛

次の症例は35歳、男性です。
不妊症の治療のため、平成21年8月1日夫婦(奥様39歳)そろって、姫路市より来院されました。
奥様は一度妊娠されましたが、流産されています。
ご主人は、精子の運動率が低いといわれています。
ボクシングを普段されているので、体は筋肉質でがっしりとされています(身長159cm、体重58kg、BMI23)。東洋医学的な診察では特に問題ありませんでしたので、ご主人には、精子の運動率を上げたり数を増やしたりすることを期待して、柴胡加竜骨牡蛎湯(さいこかりゅうこつぼれいとう;症例106、317、364参照)を処方させていただきました。
現在、妊娠には至っておりませんが、実は、平成22年1月23日に奥様だけ来院されましたが、こう言われました。「最近、主人が、抜け毛が減って髪の毛がふさってきた。また、便がしっかりと出るようになり、体調がいい。あの薬は自分に絶対あっている、と言うんです。」と、言われました。
実は、男性の不妊症に使う薬と薄毛に使う薬は以下に記したように、みごとにだぶりますので、別に不思議なことでなないのです。
奥様も体調がいいようなので、一日も早くお子様が授かるようにお祈りいたしております。

男性の不妊症について

不妊症の主な原因

1.乏精子症(精子の数が少ない)
2.精子無力症(精子の運動能力が低く、運動している精子が50%以下)
3.無精子症(精液中に、精子がまったく存在しない)

西洋医学的には難しいとされる男性の不妊治療に対しても漢方薬が用いられます。
一般に男性の不妊症には以下のような薬が効果があるといわれていますが、あくまでも身体全体の状態を観察して処方を決めていく必要があります。比較的よく使われる処方を一応あげておきます。

  • 大柴胡湯(便秘傾向になければ大黄の入っていない大柴胡湯去大黄)
  • 四逆散
  • 柴胡加竜骨牡蛎湯(これも便秘傾向になければ大黄の入っていないもの)

さらに体力的に弱い方なら以下のような処方も考えます。

  • 柴胡桂枝乾姜湯
  • 補中益気湯
  • 桂枝加竜骨牡蛎湯
  • 人参湯
  • 十全大補湯(体力がかなり落ちている場合)


薄毛・白髪の治療(鍋谷 欣市先生)

漢方は、遺伝性の髪のトラブルに効かないこともないのですが、老化や精神的ストレス、栄養バランスのくずれが原因である場合のほうに、かなり効果的に対応できます。
漢方治療を希望してくる患者さんの症状は、大半が脱毛症です。ただ、脱毛症の治療を行っていくうちに、白髪も減少することはよくあることなのです。

髪のトラブルにいちばんよく使われる漢方薬が、柴胡加竜骨牡蠣湯 (さいこかりゅうこつぼれいとう)です。これは、体力が中等度からやや強い実証に適しています。これを服用して脱毛症が治った例がたくさんあります。
さらに実証が強い(体力が充実している)場合には、大柴胡湯 (だいさいことう)を使います。赤ら顔、高血圧で、頭が全体的に脱毛している場合に適しています。
この2つの漢方薬には、いずれも柴胡という生薬が含まれています。柴胡は胸脇苦満が強く、みずおちに動悸がある場合に用います。胸脇苦満とは、みずおちから肋骨の下にかけて、ものが詰まったような膨満感があり、胸やわき腹が張って苦しいような状態をいいます。

体力の弱い虚証には、桂枝加竜骨牡蠣湯(けいしかりゅうこつぼれいとう)を使います。精神的ストレスに弱く、神経が過敏である場合に適しています。

柴胡加竜骨牡蠣湯と桂枝加竜骨牡蠣湯は、自律神経失調症にも使う漢方薬です(自律神経失調症とは、意志とは無関係に身体をコントロールしている自律神経のバランスがくずれて起こるさまざまな不快症状)。

髪のトラブルがある人は、たいてい瘀血(おけつ・血流障害)を伴っています。そのため、血流を改善する作用がある桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)を、よく併用します。

 

87.腰痛症(脾虚体質)

次の症例は61歳、男性(某医薬品メーカーの医薬情報担当者)の方です。
一ヶ月ぐらい前より、腰痛が出現し、自社の消炎鎮痛剤を飲んだところ、胃が悪くなったため中止し、漢方治療を求めて平成21年11月18日来院されました。
よく話を聞くと、普段より下痢しやすかったり、胃がもたれたり、疲れやすかったり、頻尿があったりするそうです。身長170cm、体重48kg、BMI16.6と、かなりの痩せを認めます。
典型的な脾虚体質(胃腸が弱く、食が細いために体格が悪く、寒がりでかぜを引きやすい。いわゆる虚弱体質;症例97参照)と、思われました。
この方の舌を見ると、ひび割れており(裂紋)、歯痕舌を認め、色は白っぽく、冷えがあると思われました。腹診で、みぞおちが冷たく、少し、硬くなっていました(=心下痞硬(しんかひこう)という)。人参湯(にんじんとう)に、体を温めるブシ末を併用して、一ヶ月分処方しました(症例8参照)。
12月18日来院された時には、「下痢しなくなり、胃の調子もよい。」と、言われました。さらに一ヵ月後の平成22年1月29日には、「腰痛が治りました。」と、言われました。

体の冷えている人に解熱鎮痛薬を入れるとさらに体を冷やし、痛みが強くなってしまいます。こんなときには漢方薬で体やお腹を温めるだけで痛みは取れるものです。
腰痛症は、現代医学では解熱鎮痛剤やリハビリなどで治療しますが、解熱鎮痛剤は(胃痛・発疹など)副作用が出る場合が多くみられます。
本症例からもおわかりのように、漢方薬は、基本的に西洋薬のような副作用はなく、痛みに効果があるばかりでなく、身体全体のバランスを整えることによって他の病の改善も同時に可能なのです。

非ステロイド性抗炎症薬(下田 憲先生コメント)

慢性炎症は痛みと冷えがあり、しばしば血行障害があり、場合によっては水の停滞があります。
西洋医学ではこれに非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs:Non-Steroidal Anti-Inflammatory Drugs)を使ってしまう。そうすると炎症に対してはよいが、体はますます冷えます。一番冷えるのは胃で、しばしば胃潰瘍を作り、血行不良を起こし、手足のむくみをもっとひどくする。これに対しては西洋医学ではステロイドしか持ってない。
そしてしばしば強いステロイドを使っておかしくしてしまうのです。
NSAIDs、あれだけ体を冷やす薬を延々と使い続けたら、東洋医学的に考えたら必ず気血の巡りを損ないます。気血の巡りが何年にもわたって損なわれ続けたら、何か他の病気が出てきます。それがNSAIDsの副作用ということは、そのときには全然言われないでしょう。“目先の治療をして、別の病気を作る”、医療に携わる者は、本当は絶対やってはいけないことなのです。

解熱鎮痛薬の弊害については、症例226も参照してください。


非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs:Non-Steroidal Anti-Inflammatory Drugs)とは

抗炎症作用、鎮痛作用、解熱作用を有する薬剤の総称で、広義にはステロイドではない抗炎症薬すべてを含みます。一般的には、疼痛、発熱の治療に使用される“解熱鎮痛薬”とほぼ同義語として用いられています。

 

88.急性腸炎(血便・下痢)

最近私と、愛犬「タロウ(オス1歳2ヶ月)」が同じ漢方薬のお世話になりましたので報告させていただきます。まずは、犬の方から。
平成22年1月28日、いつものように夜「タロウ」を散歩に連れて行くと、最初血液の混じった下痢便をしました。その後おなかがしぶるのか、2回、3回と少量の血液の混じった便がでました。
家に帰ってから「タロウ」のおしりを見ると、血液がたくさん付着しておりました。さっそく、黄芩湯(おうごんとう)を1包お湯にとき注射器で飲ませました。翌日朝は、普通便が一回でて治りました。

次に私の方ですが、1月24日の夜、突然お腹が痛くなり、トイレに行くと下痢をしました。吐き気はありませんでした。トイレから帰ってくると5分もたたないうちに、またお腹がしぶり、トイレに行くとまた下痢をしました。黄芩湯(おうごんとう)を1包お湯にとき飲みました。
それからは、お腹がしぶることはなく、翌日朝は、便が出ず、昼に普通便がでました。
どちらも1包でよく効きました。

黄芩湯について

ノロウイルスなど感染性胃腸炎に罹った時、治療薬のひとつに黄芩湯があります。
黄芩は、抗アレルギー作用やインターフェロン様活性が報告されている、免疫系に作用する生薬です。

黄芩湯には体内水分の調節作用、消炎作用、抗菌・抗ウイルス作用、免疫賦活作用などがあり、対症療法しかない感染性胃腸炎にはきわめて有効です。

黄芩湯は黄芩・甘草(かんぞう)・大棗(たいそう)・芍薬(しゃくやく)で構成されている漢方薬です。
黄芩はコガネバナの根の部分で、煎じるとはっきりした黄色い液となり、とても苦いです。

しかし不思議なことに、お腹をこわしたときに飲むと、緑茶のような心地よい苦味に感じてごくごく飲むことができます。
芍薬は鎮痛作用があるので、お腹が痛いときにも効きます。


次の症例は、H17年 日本東洋医学会で発表された麻生飯塚病院 野上達也先生の、
「高齢者施設での急性疾患治療~黄芩湯を中心に」から抜粋させていただきました。

症例は、73歳女性

主訴は、発熱・腹痛・下痢

脳血管障害後の認知症にて入所中。介護度2、ADLは自立。身長155cm、体重62kg

H17年12月20日

  • 9:30 起床後腹痛・悪寒の訴えあり。体温37.8℃。3回の下痢あり。
  • 9:45 黄芩湯エキス2.5g服用。
  • 12:00 腹痛軽減。悪寒消失。
  • 15:30 体温36.0℃。下痢は止まる。

12月21日(翌日)

  • 9:30 朝食後、軟便傾向。黄芩湯エキス2.5g服用。
    以後、平常となり治療終了。

ADL(日常生活動作)
ADLとは「Activities of Daily Living」の略で、食事、排泄、着脱衣、入浴、移動、寝起きなど、日常の生活を送るために必要な基本動作すべてを指す。高齢者の身体活動能力や障害の程度をはかるための重要な指標となっている。

 

89.感染性胃腸炎

もう一例、黄芩湯以外で治療した感染性胃腸炎症例を示します。
次の症例は34歳、男性です。
夜中から、頻回の吐き気・嘔吐・下痢と、体が痛だるい感じ、腰痛を訴え、H18年11月24日来院されました。
舌には、白苔がべっとり付着していました。腹診で、みぞおちが硬く(=心下痞硬(しんかひこう)という)、圧痛を認めました。
五苓散(ごれいさん)と、半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう;症例17、163参照)を5日分処方したところ、その日の夜にはすっかりよくなられました。
なお、この方は4人家族ですが、他の人も同じような症状で他院にかかられ、この方が最後に罹患したそうです。

感染性胃腸炎の治療(黄芩湯以外)

  • 発熱を伴い回数の多い嘔吐・下痢は五苓散(ごれいさん)または五苓散の合方を基本とする。
  • 腹部膨満感・腹痛を伴う時には、平胃散(へいいさん)と五苓散の合方である胃苓湯(いれいとう)を用いる。
  • 発熱が強く、腸炎症状が強い場合は、小柴胡湯と五苓散の合方である柴苓湯(さいれいとう)を用いる。
  • 長引く下痢には、人参湯(にんじんとう)や、真武湯(しんぶとう)を用いる。


半夏瀉心湯について

本方は、胃腸病に用いる漢方処方ですが、胃部がつかえて食欲がない、吐き気がする、また腹がゴロゴロなって、下痢をするなどの症状に用います。消化力を高めるために半夏と乾姜がはいっており、また黄連・黄芩の配合によりみぞおちのつかえを解消します。

辛熱の乾姜で胃の下部を温め、苦寒の黄連・黄芩でみぞおちの部分の熱を冷まします。 半夏で吐き気やげっぷをしずめ、人参・甘草・大棗で胃腸の働きを高めます。

急・慢性胃腸カタル、消化不良、胃炎、胸やけ、二日酔い、醗酵性下痢などに本方が適用されます。

 

90.下痢、嘔吐、じんま疹

もう一例、黄芩湯以外で治療した急性腸炎症例を示します。
次の症例は8歳、女児です。
下痢、嘔吐を訴え、近くの小児科を受診し、整腸剤のビオフェルミンと、吐き気止めのプリンペランをもらったが、下痢は続き、食欲もないとのことで、平成22年1月21日来院されました。
五苓散(ごれいさん)と、人参湯(にんじんとう)を1包ずつ注腸し、寒そうな様子、顔つき(顔色が悪い、蒼白)をしているので、すっきりと便が固まらないのは胃腸が冷えているためだろうと考え、人参湯を5日分渡しました。
実は、胃腸炎の症状が出だした頃から、じんま疹も出だしましたが、人参湯を飲んでいると下痢もすぐ止まり、じんま疹も調子よかったのですが、やめるとまた下痢をし、じんま疹もで出てきたとのことで、2月2日、また人参湯を取りに来院されました。
話を聞くと、もともとあまり胃腸は丈夫ではないようです。人参湯がじんま疹に効くのかと感心しつつ、更にもう一か月分処方させていただきました。
この方の場合、もともと冷えがあり、下痢や蕁麻疹がでたようです。
2月8日、別の用事でお母さんが来られましたが、「やっぱり人参湯を飲んでいると調子がいいんです。」と、いわれました。

91.抗癌剤内服中の方の左足のはれ、左膝の痛み

次の症例は73歳、女性です。
約5年前に、直腸癌の手術を総合病院外科で受け、現在も抗癌剤の内服を続けておられます。平成21年6月頃より、左膝内側が痛くなり、歩くのがつらくなりました。秋ごろから左足全体がはれてくるようになりました。話を聞くと腫瘍マーカーが上昇してきたのですが、MRIやPETなどの画像検査では、再発は確認できないそうです。
娘さんが当院で漢方治療を受けられておりますので、平成21年12月16日、連れて来られました。
この方の舌を見ると、やや痩せて紫色で、ひび割れ(裂紋)、舌の裏側の静脈が膨れていました。お腹はやわらかくいわゆる蛙腹でした。膝の近辺に細絡(下図;皮膚上に表れる糸ミミズ状で赤紫色の毛細血管腫。肩・腰・膝周囲などによく現れる。「瘀血」の所見の一つ;上図は49歳女性例、下図は78歳男性例)を認めました。
身長148cm、体重56kg、BMI25.6と肥満体型です。
そこで防巳黄耆湯(ぼういおうぎとう;症例76)に、瘀血(おけつ)体質によく使う、桂枝茯苓丸加薏苡仁(けいしぶくりょうがんかよくいにん;症例67参照)と、体を温めるブシ末を併用して、2週間分処方しました。
12月28日に来られた時には、「少しましになったが、体がまだ冷える。」と、いわれましたので、ブシ末の量を増やしました。
平成22年1月19日に来られたときには、「痛みが楽になり、歩きやすくなりました。」と、言われました。しかし、左足のはれは変わりありませんでした。
漢方薬は、この症例のような抗癌剤を飲んでいるような方の痛みでも、胃などを悪くすることなくとることができるのです。

画像の説明

防已黄耆湯について

水太りタイプによく効く名薬です。
肥満に悩まされている人は少なくありませんが、昔も今も多く見られるのが水太りタイプの肥満です。このタイプは女性に多いのが特徴でしょう。
また、中年以降になると、変形性膝関節症などによるひざの痛みに苦しめられる女性がふえますが、そういう女性の多くが、水太りタイプでもあるのです。
防已黄耆湯は、水太りタイプの肥満や変形性膝関節症、そのほかの病気の改善に卓効を示す漢方薬です。
防已黄耆湯はその名前のとおり、 防已と 黄耆を主薬とする全部で6種類の生薬(漢方薬の原材料となる草根木皮)から構成された処方です。

 

92.冷えによる頭痛

次の症例は39歳、女性です。
寒かったり、疲れたりすると頭痛が頻繁に起こるため、漢方治療を求めて、平成21年12月7日来院されました。
他の症状は、体がだるく、手足がとても冷え、寒いと鼻水が出たりします。
この方の舌を見ると、紫がかり、舌の裏側の静脈が膨れ、枝分かれしており、裏寒(りかん)と瘀血(おけつ)体質と診断いたしました。身長160cm、体重46kg(BMI18とやせを認める)。
人参湯(にんじんとう;症例8参照)に、当帰四逆加呉茱萸生姜湯(とうきしぎゃくかごしゅゆしょうきょうとう)を併用して、一ヶ月分処方しました。
平成22年1月4日来院された時には、「鼻水が出なくなり、手足の冷たいのは随分ましになった。」と、言われました。さらに、一か月分処方し、2月4日来院された時には、「頭痛も全くしなくなりました。」と、言われました。

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当帰四逆加呉茱萸生姜湯について(鍋谷 欣市先生)

当帰と桂枝は血行を改善します。細辛はセキ止めに使われますが、ここでは腹部を温めて腹痛を鎮めます。芍薬と大棗と甘草は、筋肉の緊張を緩め、腹痛を和らげます。木通は体の水はけをよくして利尿作用を高めます。呉茱萸は胃腸を丈夫にして、痛みを鎮めます。生姜は、体を温めて、水の巡りをよくして、吐きけを止めます。

血液の循環が悪くなると、手足や腹部が冷えてきます。腹部が冷たくなると、腸の動きが悪くなり、ガスがたまっておなかが張ります。また、血の流れが悪くなると、筋肉がこわばって、体の節々が痛くなるものです。

体が冷えると、血液だけでなく、水の流れも悪くなり、水にまつわる不調が現れ、尿の出も悪くなります。さらに、血行が悪くなって体が冷えると、新陳代謝(体の古いものと新しいものが入れ替わること)も非常に衰えてしまいます。すると、体がだるくてたまらなくなるのです。

このように、血行不良による強い冷えが原因で起こる腹満、腹痛、腰痛、座骨神経痛、腹膜炎(腹部の内臓の表面を覆っている膜に起こる炎症)、頭痛、吐きけ、疲労倦怠感、冷え性そのものなどの改善に、当帰四逆加呉茱萸生姜湯は卓効を現す漢方薬です。

当帰四逆加呉茱萸生姜湯を用いるポイントは、強い冷えやそれに伴う諸症状とともに、水はけの悪さによって起こる症状(水毒)があることです(;症例231参照)。
つまり、強い冷えなどとともに、吐きけ、頭痛、めまい、おう吐、冷や汗、不眠、むくみ、尿量の減少、上腹部振水音(みずおちを手でたたいたり、走ったりしたときに、胃の中で水の音がすること)、頭重、セキなどの水の症状が伴うときは、当帰四逆加呉茱萸生姜湯がみごとに奏功するのです。

 

93.しもやけの漢方治療

次の症例は31歳、女性です。
不妊症の治療のため、平成21年1月26日受診されました。
問診票から、下痢しやすい・風邪をひきやすい・体がだるい・疲れやすい・食後眠くなる・不眠・朝すっきりおきれない・手足の冷え、しびれ・しもやけなどがあります。身長159cm、体重52kg(BMI 20.6)。
舌診では、はれぼったく歯痕舌を認め、また腹診で腹直筋が張っていましたので小建中湯(しょうけんちゅうとう)を処方しました。3月9日に来院された時には、「不眠が改善し、朝すっきりおきれるようになったが、下痢は続く。」と、いわれましたので、その後、六君子湯(りっくんしとう)や、啓脾湯(けいひとう)などを足してみましたが、やはり、下痢と冷えは続くため、裏寒(症例92参照)と考え、8月26日より、人参湯(にんじんとう;症例8参照)に変えたところ、10月2日に来られた時には、「下痢は治りました。」と、いわれました。しかし、11月4日に来られた時には、「体が冷えます。」と、いわれましたので体を温めるブシ末を併用して処方しました。12月2日来られた時には、「おなかもぬくもり、下痢もありません。」と、いわれました。しかし、平成22年1月6日来られた時に、「手足が冷える。」と、いわれましたので、当帰四逆加呉茱萸生姜湯(とうきしぎゃくかごしゅゆしょうきょうとう;症例92参照)を併用したところ、2月4日来院された時に、「手足がぬくもり、今まで、毎年必ず足にしもやけができていたのに、今年はできません。」と、いわれました。現在妊娠はまだされていませんが、来院時にみられた症状はほとんど消失し、状態としてはよい状態だと思われます。
しもやけに、当帰四逆加呉茱萸生姜湯とよくいわれますが、できてしまってからはなかなか効きません。本症例のようにしもやけのできる前から飲んでいただくのがよさそうです。

しもやけについては、症例250、360も参照して下さい。

しもやけ

「しもやけ」を西洋医学では「凍瘡(とうそう)」と名付けています。「しもやけ」は、寒さによって皮膚の血流が低下し起こる皮膚障害のことを言います。
漢方では、「血液中に老廃物が停滞して循環が悪くなった状態(瘀血と呼ぶ)に冷え(寒邪)が入ってくることが主な原因」と考え、方剤を選んでいきます。よく使われるのが「当帰四逆加呉茱萸生姜湯(とうきしぎゃくかごしゅゆしょうきょうとう)」、「温経湯(うんけいとう)」、「当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)」、「真武湯(しんぶとう)」、「人参湯(にんじんとう)」、「五積散(ごしゃくさん)」などです。

当帰四逆加呉茱萸生姜湯は日頃から冷え症に悩み、体質が虚弱で寒冷によって血行障害をおこし下腹部、四肢などに痛みを訴える人の凍瘡に適しています。経絡(けいらく;気・血の通り道)を温めて気血の循環を良くします。手足の冷えによく使う当帰四逆湯(とうきしぎゃくとう)に血行を良くして手足を温め、冷えを除く呉茱萸(ごしゅゆ)と温剤の生姜(しょうきょう)を加えた薬方です。
なお患部に紫雲膏(症例54参照)をぬると一層良いとされています。

 

94.(尋常性)乾癬の漢方治療

次の症例は32歳、男性です。
8年ぐらい前より、乾癬になり、病変が少しずつ進行し、4年前より急に悪化したそうです。皮膚科受診し、免疫抑制剤とステロイド剤の軟膏がでましたが、副作用(とにかく体がだるくなり、仕事にならなかったそうです。)のため一ヶ月で中止したそうです。
漢方治療を求めて、平成21年7月4日受診されました。身長181cm、体重104kg(BMI31.7と肥満を認める)。
夏は、かゆみ(夜間増強)のため、患部をかきむしるため、血液でシーツが真っ赤になるくらいで、冬はかゆみは少しましになりますが、病気は悪化し、皮膚がばりばりになり、割れて痛みが強くなるそうです。
越婢加朮湯(えっぴかじゅっとう;症例109、184参照)当帰飲子(とうきいんし;症例54参照)を合わせて一か月分処方しました。
7月29日受診された時は、特に変化ありませんでしたが、9月9日に来られたときに、「新たに病変ができなくなり、かゆみがましになった。」と、いわれました。その後、少しずつ改善して、平成22年2月10日来られた時に、「かさぶたがなくなり、薄い紅斑だけになり、かゆみはありません。以前は、奥さんが、床に落ちた”ふけ”のそうじで大変であったが、今はそうじが楽になったといっている。」と、いわれました。
また、よく話を聞くと、以前は一升瓶で焼酎を飲んでいたが、今は、ビール1リットルと、焼酎を寝る前に飲むぐらいに減らしているそうですが、乾癬にはアルコールはよくないことを話させていただき、もっとアルコールを減らすように指導させていただきました。
なお、下田先生に、「乾癬は、全例越婢加朮湯(えっぴかじゅっとう)当帰飲子(とうきいんし)の組み合わせで治療すると、完全になくなることはないが、薬を飲んでさえいれば、本人が、社会生活をするのに苦痛を感じることはなくなる。」と、教えていただきましたので、使用しました。


乾癬について

銀白色の鱗屑(ふけ)をともない浸潤をふれる境界明瞭な紅斑が全身に出て、慢性で軽快と悪化を繰り返します(図)。
大きさ、数、形は様々で、発疹が癒合して大きな病変を作ることもあります。
青壮年期に発症することが多く、多発しますが、通常、内臓を侵すことはありません。かゆみは約50%の患者さんにみられます。爪の変形や関節炎を伴うこともあります。まれに発疹が全身におよぶこともあります。

遺伝的な素因に、感染・ストレス・免疫異常・高脂肪食などのいろいろな環境因子が加わって発症するといわれていますが、詳しい発症機序については、現在はまだよくわかっていません。

西洋医学的には、一律な治療方針はなく、患者さんの病気の程度、おかれた状況に応じた治療法を選択することになります。通常、外用薬(塗り薬)からスタートしますが、外用薬にもステロイド外用薬、ビタミンD3外用薬などがあり、各々、特性が異なります。内服薬(のみ薬)としては、レチノイド(ビタミンA誘導体:表皮角化細胞の増殖促進作用により、表皮を肥厚させ、角層を薄く密にする)、シクロスポリン・メソトレキサートなどの免疫抑制薬が主なものです。これに紫外線療法を加えた3つ(外用療法、内服療法、光線療法)が基本的な治療法です。
関節炎が強い場合は、痛み止めののみ薬を使います。

「乾癬」の患者さんは、肥満症の人が多く、アトピー性皮膚炎の患者さんで、やせ型の人が多いのと対照的です。「乾癬」が、年々増加する傾向にあるのは、日本人の食生活が動物性脂肪を多く摂る欧米型に変化してきていることに関係が深いと言われています。そこで、「乾癬」の治療には、まず第一に、食事、環境ストレス等の生活習慣を改善して、太っている方は肥満の解消を、そしてアルコールを多飲する患者さんは、アルコールからの離脱を図ることが重要です

画像の説明

95.冠れん縮狭心症の漢方治療

次の症例は62歳、女性です。
平成17年1月、総合病院の循環器科で、心臓カテーテル検査を受け、8番、13番、15番の冠動脈がアセチルコリンで痙攣し、冠れん縮狭心症との診断を受けています。それ以後、カルシウム拮抗薬のコニールを内服されていますが、当院へは平成20年3月10日に初診で来られ、そのまま薬を続けていただいておりました。
平成22年1月15日、寒い時期になると頻繁に胸痛がおきるため、漢方治療を追加することにしました。
この方の舌を見ると、紫がかり、舌の裏側の静脈が膨れ、枝分かれしており、瘀血(おけつ)体質と診断いたしました。身長152cm、体重55kg(BMI23.7)。
そこで瘀血(おけつ)体質によく使う、桂枝茯苓丸加薏苡仁(けいしぶくりょうがんかよくいにん;症例67参照)を一か月分処方いたしました。
2月10日来院され、「薬を飲んでいると、体が温かくなるのがわかります。2月1日に軽い胸痛が出ただけでした。」と、いわれましたので、もう一か月分同じ薬を処方しました。3月11日に来られた時には、「一度も胸は痛くなりませんでした。」と、いわれました。
寒い日が続いた時でしたので、明らかに漢方薬が効いていると思われました。今後もしばらく続けていただく予定です。

冠れん縮狭心症について

狭心症は、心臓の冠動脈の血流が何らかの原因で減って、心臓の筋肉が酸素不足になり発作的に胸痛が起こる。発作の起こる仕組みの違いでいくつかのタイプに分かれるが、日本人に最も多いのは冠れん縮狭心症だ。

冠動脈は、心臓に酸素や栄養を運ぶ”命綱”。狭心症は、ここを流れる血液が減少し、心臓の筋肉(心筋)が一時的な酸素不足に陥る病気。血管が詰まって血流が完全に遮断されると、心筋が壊死(えし)する心筋梗塞(こうそく)になる。

典型的な狭心症の症状は胸痛だが、胸の当たりが押さえ付けられたような感じや、締め付けられるような感じが現れる。症状は、みずおち、左肩、あご、歯、首、さらには指先にまで現れることがある。発作時間は長くて十分程度、三十分以上続くと心筋梗塞が疑われる。体に負担をかけた時に起こる労作(ろうさ)狭心症と安静時に起こる安静狭心症がある。

冠れん縮狭心症は、日本人の狭心症の約50%を占めるというという。血管が、けいれんで収縮、つまり「れん縮」する。原因は血管壁の内皮の傷み。内皮から分泌される一酸化窒素(NO)は血管を拡張させるが、内皮が傷んでいると、NOの分泌が減る一方、自律神経から放出されるアセチルコリンという物質が内皮の下にある平滑筋という血管の筋肉を刺激、血管を縮める。

その結果、血管が過剰に収縮、けいれんが起こる。けいれん自体も血管壁を傷つけるほか、血管の炎症などいくつかの要因が絡みけいれんを引き起こすとみられている。

発作は、夜中から明け方にかけての就寝中に多く、日中は少ない。特に早朝は洗顔や喫煙などで症状が出現することもある。発作の回数が増えると、昼間にも起こるようになり、体に負担のかかる動きをした時や驚いた時、怒った時などにも現れる。半面、自覚症状のない人も少なくない。

背景には動脈硬化があるため、肥満や高血圧、高脂血症などの生活習慣病があると、発症しやすい。禁煙や適度な運動、バランスの取れた食事などが予防になる。薬物治療の第一選択薬はニトログリセリンで発作を鎮める。また降圧薬のカルシウム拮抗(きっこう)薬も発作予防に用いられる。

(熊本日日新聞2006年11月15日付夕刊より)

 

96.便秘、右下腹痛

次の症例は72歳、女性です。
西洋薬の下剤である、センノサイドを他院で処方されたが、便がすっきり出ないでつらいと、平成18年4月24日来院されました。右の下腹の痛みもあります。大腸内視鏡検査では、ポリープ2個と、憩室があったそうです。この方の舌を見ると、やや痩せ気味で紫がかり、舌の裏側の静脈が膨れ、枝分かれしていました。腹診では、右下腹部に瘀血のしこりと圧痛を認め、瘀血(おけつ)体質と診断いたしました。身長146cm、体重45kg(BMI21.0)。
大黄牡丹皮湯(だいおうぼたんぴとう)を一日3回一週間分処方したところ、5月1日来られ、「翌日、6回の普通便が出て、その後は普通便が一日1回出ました。」と、いわれました。そこで、今度はさらに一か月分処方させていただきました。

大黄牡丹皮湯について

大黄牡丹皮湯は、漢方の原典「金匱要略」に記載されている薬方です。
血液循環をよくするほか、熱や炎症をとり、便通をつける作用があります。また、ホルモンのバランスを整える効果も期待できます。体力のある冷えのない人で、下腹部の張りや便秘をともなうときに向く処方です。女性の生理不順、重い生理、右下腹部痛、便秘、痔などに適応します。
また、本方は、切らずに治す虫垂炎の薬として知られる処方です。緊張性の炎症、化膿症で、発熱、腫張、疼痛(とうつう)が強く、便秘傾向のものに使います。
本方は、体力がいまだに衰えていないときに用いる処方です。慢性に経過するもの、あるいは症状が緩和で体力のない人には、腸癰湯(ちょうようとう)という処方があります。

 

97.胃腸虚弱(脾虚体質)

次の症例は47歳、女性です。
若い頃より、胃腸虚弱で、吐き気・胃もたれ・胃が重い・唇が荒れる・下痢や軟便・口内炎ができやすい・食欲不振・体がだるい・手足が冷える・食後の眠気・風邪を引きやすい・アレルギー性鼻炎などがあり、平成18年7月11日姫路市より来院されました。一番つらいのは、友人と外食ができないことだそうです。外食するとたちまち胃腸が悪くなるそうです。
身長155cm、体重40kg(BMI16.6と、痩せを認める。標準体重は52.8kg。)。舌の色は、淡く、薄い白苔と歯痕舌を認め、腹診では、みぞおちが少し、硬く(=心下痞硬(しんかひこう)、胃内停水音(動いた時や胃の辺りを叩いた時などに、胃の所でチャプチャプと音がするような状態を、漢方では胃内停水といい、その音を振水音という。これは胃に余分な水分が溜まってしまった状態をである)を聴取しました。
そこで、六君子湯(りっくんしとう)を2週間分処方しました。
7月25日に来られた時には、「とにかく調子いいです。足の先まで血がかよっているのがわかります。」と、いわれました。その後薬を続けられ、平成19年10月10日には、体重が45kgと、5kg増加しました。
この方は今も六君子湯を続けて飲まれていますが、平成22年2月19日、来院された時、現在の状況を聞いたところ、
1.漢方薬を飲むまで、胃薬が常備薬だったが、全く必要なくなった。
2.漢方薬を飲むまで、頭痛がひどく鎮痛剤(イブ錠)が常備薬だったが、全く必要なくなった。
3.体重は45kgのままです(BMI18.7)。
4.春と秋に鼻アレルギーがひどかったがほとんどでなくなった。
と、話されました。

脾虚については、症例159、291、339、391、423も参照してください。

脾胃の働きについては、こちらをクリック
天野靖之先生

脾虚体質について

脾や胃は、”倉稟(そうりん)の官”と呼ばれ、口から入った飲食物を消化吸収し、五臓六腑に栄養分を分配し、その精気を養う器官です。したがって脾虚、すなわち胃腸虚弱の患者では、単に消化器系にとどまらず、心や身体も含めた全身的な不調和が生じやすいです(下記の井上先生の症例参照)。

脾虚の主要症状

1.食欲不振・やせ
2.腹満・腹鳴・泥状~水様便
3.浮腫
4.めまい・立ちくらみ
5.出血・紫斑(症例570、603参照)・月経過多(症例159、391、566参照)
6.内臓下垂
7.冷え症状

脾虚体質の人は、甘味の食品を好みますが、量が過ぎると甘味は脾を破り消化器系にダメージを与えますので注意が必要です。
また脾虚タイプの人は消化管内に水分が停滞しやすく、湿邪が原因で起る病気(関節炎やリウマチ)に罹りやすいといえます。また膵臓は脾のグループに属するので将来、膵臓疾患や糖尿病に対する注意が必要です。


井上内科クリニック 井上 淳子先生 六君子湯症例

〔症例〕 67歳、女性。

〔現病歴〕 一昨年夏、血痰が出て、結核ということで3ヶ月入院。退院後極度の食欲不振に陥り、身体が弱ってしまい再入院した。点滴を受けて持ち直したが、どういうわけか、たいしたこともないのにイライラ、クヨクヨするようになった夕方になると訳もなく不安で、夜は寝付けない
近医にて安定剤・眠剤を投与されたが、はかばかしくない。以前より食は細い方であったが、一昨年の病気より一層細くなった。喉が渇き、冷たい飲み物などを多く摂取している。寒がりで、殊に足がいつも冷たい。

〔現症〕 色白、小柄で、皮下に水気を帯び、顔面はわずかに紅潮し、眼光が鋭い。腹部は心下に抵抗を認める以外、軟弱にて下垂した胃を触知し、心下振水音を認める。
〔経過〕 なま物や冷たい物の制限を指示するとともに、六君子湯を投与。投与2週間後、穏やかな顔つきとなり、心下の抵抗は少なく、イライラが治まってきた。しかし、不眠は続いていた。投与4週間後、顔色が生気を帯び、心下の抵抗が殆ど消失。安定剤・眠剤が要らなくなった。

「六君子湯」については、こちらをクリック
井上内科クリニック

98.腰痛(第3腰椎すべり症)の漢方治療

次の症例は72歳、女性です。
平成20年末頃より、腰痛・足のむくみ・だるさがあり、整形外科で第3腰椎すべり症と診断されております。また、他院内科で、パーキンソン病、甲状腺機能低下症などでも通院中の方です。
種々の治療でも改善しないため、当院通院中の患者さんより、漢方治療を勧められ、平成21年7月6日来院されました。
身長147cm、体重47kg(BMI21.7)
舌は、薄く、亀裂が入り、また舌の裏側の静脈が膨れ、枝分かれしていました。

画像の説明

腹診では下腹部が軟弱無力で、圧迫すると腹壁は容易に陥没し、押さえる指が腹壁に入るような状態(小腹不仁(しょうふくふじん))を認め、「血虚」、「瘀血」、「腎虚」体質と考えられました。
そこで、「血虚」+「瘀血」体質の神経痛に使う、疎経活血湯(そけいかっけつとう;症例1参照)に、「腎虚」に使う牛車腎気丸(ごしゃじんきがん;症例47参照)を足して治療を開始しました。

8月3日に来られた時には、「少しましです。先週からコルセットがはずせるようになりました。」と、言われました。

8月31日に来られた時には、「腰痛の具合は変化ありません。また、足がむくんで、だるいです。」と、いわれましたので、一日2回で処方していたのを一日3回に増量させていただきました。

9月28日に来られた時には、「少しずつましになっている感じです。」と、いわれました。

11月2日に来られた時には、「腰は朝方は痛くないが、夕方にかけて、特に左側が痛んでくる。」と、いわれましたので、疎経活血湯のかわりに、五積散(ごしゃくさん;症例36,37参照)を処方させていただきました。

12月2日に来られた時には、「腰は痛みはないが、重い感じがする。」と、いわれました。

平成22年1月13日に来られた時には、「動きすぎると腰にくる。それと足首が冷えます。」と、いわれました。今までこちらから「冷えはどうですか。」と、聞いても、冷えを訴えられることはありませんでしたが、やはり、冷えが一番悪さをしていたのだと思われました。そこで、体を温めるブシ末を追加したところ、2月10日に来られ、「さっさと歩けるようになりました。調子いいです。」と、うれしそうに話してくださいました。

99.繰り返す膀胱炎の漢方治療

次の症例は50歳、女性です。
疲れて体が冷えるとすぐに膀胱炎を起こす(症状は、頻尿・排尿痛・下腹部の不快感)と、平成20年9月9日当院へ漢方治療を求めて来院されました。元々よく下痢や胃痛をおこすなど胃腸は丈夫ではありません。身長155cm、体重47kg、BMI19.6と、やや痩せ気味です。。
この方の舌を見ると、やせて、紫がかり、舌の裏側の静脈が膨れ、枝分かれしており、瘀血(おけつ)体質と思われました。
腹診では、お腹はやわらかく、臍の左下の瘀血のしこりを触れました。
検尿をしましたが、少し所見があるだけで、ひどい膀胱炎ではありませんでしたので、清心蓮子飲(せいしんれんしいん;症例79、645参照)を2週間分処方させていただいたところ、10月22日に来られ、「あの漢方薬を早めに服用するとすぐに調子がよくなるので、また一か月分ほしい。」と、いわれました。
今回、平成22年2月13日、久しぶりに来院され、「あの漢方薬がなくなったので、また下さい。」と、いわれましたので、一か月分処方させていただきました。とにかく清心蓮子飲が合うようです。

清心蓮子飲について(鍋谷 欣市先生)

清心蓮子飲は、今から1000年ほど前に著された漢方の古典『和剤局方』に記されている処方で、頻尿などの排尿障害の改善にしばしば卓効を現します

頻尿・血尿の薬といえば、猪苓湯(ちょれいとう)が有名なのですが、猪苓湯は元気な人、漢方でいう実証(体力が充実していること)タイプに適しています。
一方の清心蓮子飲は、実証よりも体力が弱い虚証(体力が虚弱なこと)タイプに適しており、しかも頻尿だけでなく、ほかのいろいろな不快症状に悩まされているような場合によく効きます。

清心蓮子飲は、そもそも四君子湯(しくんしとう)という処方を基礎に作られたもので、その四君子湯は胃腸虚弱を改善する薬です。したがって、それをもとに作られた清心蓮子飲も虚証向けというわけです。
四君子湯の四つの生薬;茯苓(ぶくりょう)、人参(にんじん)、甘草(かんぞう)、白朮(びゃくじゅつ)から白朮を除き、
蓮肉(れんにく・スイレン科の多年草ハスの果肉)、
麦門冬(ばくもんどう・ユリ科の多年草ジャノヒゲの塊根)、
車前子(しゃぜんし・オオバコ科の多年草オオバコの種子)、
黄岑(おうごん・シソ科の多年草コガネバナの根)、
黄耆(おうぎ・マメ科の多年草カラオウギの根を天日乾燥させたもの)、
地骨皮(じこつぴ・ナス科の落葉低木クコの根皮)
という六つの生薬を加えた9種類から構成されています。

蓮肉と麦門冬は、肺や心臓の熱を冷まします。
体力が虚弱で頻尿などに悩まされている人は、体の上のほうに熱が上昇して動悸が打ったりする一方で、下半身は冷えて体力が落ち込んでいることが多いはずです
そこでこれらの生薬は、肺や心臓の周りの熱を冷まし、その熱を下半身に巡らせて下半身の冷えを取り除きます。
さらに車前子と地骨皮も、心の熱を冷まして水の流れを整え、尿の出をよくしてくれます。人参と黄耆は肺の熱を冷まし、汗をコントロールしながら、体力をつけ腎臓の力をつけてくれます。
このように、上半身の熱を冷ましながら、下半身の腎臓や泌尿器を丈夫にする生薬から構成されているわけです。

清心蓮子飲は頻尿を改善する薬と申し上げましたが、目標になるのは頻尿だけではありません。
たびたび尿意を催しながら、尿が出にくいという排尿困難や排尿痛も適応症です。尿をもらしてしまったり、排尿後の残尿感に悩まされたりするのも清心蓮子飲の適応です。
女性の場合は、まるで米のとぎ汁のようなおりものが大量に出ると訴えることがあります。こうした尿路系全般の不調和を取り除くのにも、この薬は大活躍します。

清心蓮子飲はどちらかといえば虚証向けの薬であるといいましたが、これらの下半身の排尿に関する不愉快な諸症状は、冷え性で体が弱っているときに出るものです。
排尿時に尿がボタボタと落ちる、あるいはだらだらと出る、というようなときは、八味丸(はちみがん)牛車腎気丸(ごしゃじんきがん)などの処方が使われることがありますが、これらは胃腸が丈夫な人向けの薬で、胃弱の人には清心蓮子飲が好適です。
また、細菌検査では陰性だけれども、いろいろな不快症状がだらだらと続くような膀胱炎に適しています。

現代社会で生活していると、運動不足や食べすぎになりがちです。よほど意識していないと、体を鍛える機会もあまりありませんし、精神的な悩みやストレスも多いのではないでしょうか。
さらに、リラックスできる環境も少ないので、胃腸をはじめ全身が衰弱し、それに伴って頻尿など、尿路系の不調に悩まされる虚証タイプの人がふえる傾向にあります。
尿路系のいろいろな症状とともに、のどの渇きや口の中が苦く感じるなどの症状が現れることもあります。外来で診察をしていると、最近は男性でも女性でも、清心蓮子飲が合うような患者さんがふえているような気がします。。
頻尿といっても、高熱をともなうようなものにはあまり効果がありません。顔色が青白く、筋肉の締まりもなく、舌には白い苔がつき、腹部もふにゃふにゃして、脈もあまり強くないような人に向いています。
また、神経質そうな人にもよく効きます。こうしたタイプの人で、前述したような頻尿をはじめとした症状のある人なら、男女を問わず清心蓮子飲が効果を発揮するはずです。
この薬は、あらかじめ予防的に飲んでおく、という使い方をすることはありません。頻尿などの症状が出てきたら、飲み始めましょう
しかし、症状が改善して、もう大丈夫だなと思ったら、服用を中止してかまいません。かといって、しばらく飲み続けても、副作用などの心配は何もありません。

 

100.左大腿から胃にかけて突き上げてくる痛み・便秘・不安感

次の症例は66歳、女性です。
平成19年より、高血圧症で当院通院中の患者さんです。
平成21年5月ころより、夜寝れない、体重減少(が54kgから51.6kg)、物がのどにつまりやすいなどの症状が出現し、5月15日よりマイスリーという睡眠薬を処方し、胃や大腸の内視鏡検査や腹部超音波検査をしましたが、異常なく様子をみていたところ、近所の方とのトラブルで強いストレスがかかり、平成22年2月1日より、左大腿から胃にかけて突き上げてくる痛み・便秘・食欲不振・左半身が冷たい(特に手先)・腹部の苦悶感、膨満感・脳梗塞を起こすのではないかという強い不安感・顔色が真っ青(友人に指摘された)などが出現し、かなり取り乱した状態で2月2日来院されました。舌には、べっとり黄色味を帯びた白苔が付着し、普段はない強い口臭がしました。
そこで、平胃散(へいいさん)調胃承気湯(ちょういじょうきとう)を2週間分処方いたしました。
ちょうど2週間後の2月16日来院され、「薬を飲みだして、2日して、胃腸がぐるぐる動くようになって、少しずつ便が出て痛みが治まり、気分もよくなりました。そして、1週間目に黒い便が大量にでてすっきりしました。その後はだんだん便の色が普通の色になり、毎朝きっちり便意が起こるようになりました。」と、にこにこして話してくださいました。下の白苔もごく薄くなっており、また口臭もしなくなっていました。

同じ処方の組み合わせで治療を行った症例259も参照してください。

脾と胃の働きについて

消化吸収は脾と胃が協調的に行っていますが、脾は運化昇清という、食べ物から取り入れたエッセンス(清という)を肺や心の上方にもっていく機能があります。
エッセンスのうちの「気」になる部分は肺に上らせて呼吸を通じて全身に散布します。
また、「血」になる部分は血脈(血管)を通じて全身にめぐらせていきます。

エッセンスを取った後の不要のもの(濁という)は胃の気が下方へ下げて、小腸・大腸へと送り、最後は肛門から排泄します。

腸管の蠕動運動は脾の昇清運動胃の降濁運動が協調することでバランスよく起こります。

この胃の降濁機能を回復させる方剤が、調胃承気湯なのです。

なお、お腹の「気」と「水」を動かせる方剤である平胃散(=湿をとり、お腹の「気」のめぐりを整え、脾の運化機能を回復し、胃気を整える方剤)と合わせると、強力に胃腸全体を動かせることができます(下田 憲先生)。


調胃承気湯について

排便はあるものの残便感があるときには、調胃承気湯を使います。
「承気」とは、「気のめぐりを良くして便を通じさせる」という意味で、「調胃」とは、胃腸の機能を調整する作用をいいます。

傷寒論の調胃承気湯の条文に、「陽明病、不吐、不下(トセズ、サガラズ)、心煩者、可与調胃承気湯。」というものがあります。
これは気が胸のところにつかえて上がっていくことも降りていくこともできずにポーンと胸のところでつかえた状態ということです。その状態を心煩といいます。

そのほかにも心煩を目標に胃痙撃や胃潰瘍に調胃承気湯を応用することがあります。
なぜ調胃承気湯が胃痙撃や胃潰瘍の痛みに効くのかというと、それは「気を下す」ということです。

花村訓充先生は、漢方的用語では「気を下す」であり、西洋医学的には「胃の停滞物、あるいは腸管のガスの疎通にある」といっておられます。何度もいうようですが気が上にも下にもいかず、「心煩を表す」ということです。

脇坂憲冶先生は、この心煩を胃痙攣と考えて使っておられます。
そして胃痙撃を起こすものは、胃の弱い人が多いため、「生薬の”大黄”を除くか、ごく少量にするとよい。」といわれてます。